- 【神話の誕生】 4歳の忍耐が一生を決める?(Mischel 1972/Shoda 1990)
- 【信頼の視点】「待てない子」じゃなくて「待てない世界」?(Kidd 2013)←本記事
- 【環境の力】「相関の大半は環境で縮む」再検証(Watts 2018)
- coming soon
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- Kiddら(2013)が「マシュマロテスト=意志力テスト」という常識にどう疑問を投げたか
- 「待てない子」ではなく「待てない環境」という視点の転換
- 「信頼できる大人」と「信頼できない大人」で、子どもの待ち時間がどれほど変わるか
- この研究の限界(短期的な実験操作と、長期的な家庭環境のちがい)
- 次回につながる「環境要因」への橋渡し
- 導入:「どうせくれへんのやろ?」と感じた子どもの合理的判断
- Kidd (2013) は何を問おうとしたのか?――「信頼できない世界では今食べる方がマシ」
- ステップ1:まず「信頼できる大人」か「信用ならない大人」かを演出する
- ステップ2:そのあとで、マシュマロテストをやってみる
- 結果:信頼できない大人のもとでは「今食べる」が合理的になる
- 「待てない子」から「待てない状況」へ――マシュマロ物語がひっくり返る
- Kidd の限界:実験室の短期的な「裏切り」と、長期の家庭環境は同じではない
- この時点での暫定まとめ:マシュマロは「意志力テスト」ではなく「世界観テスト」かもしれない
- 執筆後記:Kidd の「職人芸」と、ちょっとした罪悪感ケア
- 参考文献
- マシュマロテストシリーズ連載
導入:「どうせくれへんのやろ?」と感じた子どもの合理的判断
「あとでアイス食べよな、まずはご飯や。」
言っておきながら、食べ終わる頃には親がバタバタしていて、「今日はもう遅いからまた今度」で終わる。大人からすれば、悪気はないんです。忙しかった、忘れていた、状況が変わった。でも、子どもの側から見ると、積み重なっていく経験はひとつの「学習」になります。
「この人のあとでねは、あんまりアテにならないな」
こう感じた子どもが、次に「待てば2個もらえるよ」と言われたとき、どう判断するでしょうか。「どうせ本当にくれるかわからないし、今もらえる1個を確保しておこう」——これは、ある意味で非常に合理的な判断です。
第1回の記事で見たように、この「マシュマロ神話」は原典から少々盛られています。でも、もうひとつ見落とされてきた視点があります。それは、「そもそもその子にとって、大人の約束はどれくらい信用できるものだったのか?」という問いです。
2013年、ロチェスター大学のセレステ・キッド(Celeste Kidd)たちが発表した論文は、まさにこの「信頼」の部分に正面からメスを入れました。今回は、この2013年の研究を読み解きながら、マシュマロテストを「子ども側」ではなく「環境側」から見直してみましょう。
Kidd (2013) は何を問おうとしたのか?――「信頼できない世界では今食べる方がマシ」
Kidd たちが立てた問いは、とてもシンプルです。
「マシュマロを待てるかどうかは、子どもの性格だけじゃなくて、その場の大人をどれくらい信頼しているかにも左右されるんじゃないか?」
もう少し噛み砕くと、こういうことです。
「待てば2個もらえる」というルールは、大人が約束を守ってくれる前提で成り立っています。でも、もし子どもが「この大人、さっきも約束破ったし、どうせ本当に2個くれるかわからない」と思っていたらどうでしょう?
その場合、「今あるマシュマロを食べておく」のは、我慢が足りないのではなく、損をしないための合理的な選択になります。Kidd の発想のポイントはここにあります。
同じ子どもでも、「この世界(この大人)は信用できる」と思っているか、「どうせアテにならない」と思っているかで、待ち方が変わるのではないか?もしこれが正しいなら、「待てない=自制心がない」という決めつけは、ちょっと早すぎるかもしれない。Kidd たちは、この仮説を実験で確かめようとしました。
ステップ1:まず「信頼できる大人」か「信用ならない大人」かを演出する
Kidd の実験は、いきなりマシュマロから始まるわけではありません。その前に、「この大人は約束を守るタイプか、破るタイプか」を子どもに体験させるステップが入ります。心理学の用語では「操作」と呼びますが、要するに「大人の信頼性を、わざと演出する段階」です。
子どもたちは、Create-Your-Own-Cup キット(自分で絵を描いた紙を差し込んで、オリジナルのコップを作れるキット)を作ることとなります。クレヨンやシールを使って紙を飾りたいわけです。この企画の中で、2回の「約束」が発生します。
クレヨンの約束
子どもに、ちょっと使い古したクレヨンを見せます。そして実験者はこう言います。「このクレヨン使ってもいいけど、ちょっと待ってくれたら、もっといいお絵かきセットを持ってくるね」
子どもは待ちます。そして2分半後、実験者が戻ってきたとき——
シールの約束
同じことを、シールでも繰り返します。「この小さいシールを使ってもいいけど、待ってくれたらもっといいシールを持ってくるね」
こうして、マシュマロテストが始まる前に、子どもたちは2回の「約束が守られる/破られる」体験をします。子ども目線で考えてみてください。2回とも約束が守られた子は、「この人の言うことは信用できそうだな」と感じるでしょう。一方、2回とも「ごめん、やっぱりなかった」を経験した子は、「この人のあとでねはアテにならないな」という印象を持つはずです。
この環境の信頼性(この大人は本当に約束を守るタイプかどうか)をわざと変えた状態で、いよいよマシュマロテスト本番に入ります。
ステップ2:そのあとで、マシュマロテストをやってみる
環境操作のあと、子どもたちはマシュマロテストに臨みます。Kidd たちが使った手続きは、第1回目の記事で解説したShoda et al. (1990) のオリジナル版を改変したものです。基本的なルールは以下のとおり。
- 目の前にマシュマロが1個
- 今すぐ食べてもいいよ。でも、私が戻ってくるまで待てたら、2個あげるね
- 実験者は部屋を出て、子どもはひとりで待つ(最大15分)
重要なのは、マシュマロテスト自体のルールはどちらの条件でもまったく同じだということです。ちがうのは、「その大人をどれくらい信用できる状態で、このルールを聞いているか」だけ。
いや、これ俺が子どもやったら、信頼できない条件のほうは絶対すぐ食べるわ。だってさっきも「もっといいの持ってくる」って言って持ってこんかったやん。「2個あげる」も嘘かもしれんやろ?
そう、まさにそこがKiddの狙いやねん。「今食べる」のは我慢が足りないんやなくて、過去の経験に基づいた合理的な判断とも言えるわけや。
なるほど……。同じルールでも、その前に何があったかで、待つ意味が変わってくるんか。
せやねん。「待てるかどうか」は、子どもの性格だけやなくて、「この世界は待つ価値がある場所か?」という信頼の問題でもあるってことや。
結果:信頼できない大人のもとでは「今食べる」が合理的になる
さて、実験の結果はどうだったのか。
平均待ち時間の差は約4倍
| 条件 | 平均待ち時間 |
|---|---|
| 信頼できる条件 | 12分2秒 |
| 信頼できない条件 | 3分2秒 |
この差は p < .0005 と、統計的に有意でした。
しかも、この実験では15分で打ち切っているため、信頼できる条件の子どもたちはもっと長く待てた可能性があります。つまり、この約4倍という差は控えめな見積もりです。
同じ年齢の、同じような子どもたちなのに、事前に「約束が守られるかどうか」を体験させただけで、待ち時間に4倍もの差が出たのです。
15分間ずっと待てた子の割合
| 条件 | 15分待てた人数 | 割合 |
|---|---|---|
| 信頼できる条件 | 14人中9人 | 64.3% |
| 信頼できない条件 | 14人中1人 | 7.1% |
こちらも p < .006 と統計的に有意でした。「たまたま」では説明できないレベルの差です。
「イライラしてヤケ食い」ではなかった
興味深いのは、研究者たちが子どもたちの表情や動きもビデオで撮り分析していたことです。もし「信頼できない条件」の子どもたちが、約束を破られてイライラして、そのストレスでマシュマロを食べてしまったのなら、表情が不機嫌だったり、そわそわした動きが多かったりするはずです。でも、実際にはそうした「気分の違い」は条件間でほとんど見られませんでした。つまり、子どもたちは感情的になって食べたのではなく、冷静に「今食べたほうがマシ」と判断していた可能性が高いのです。
え、4倍も違うん? 同じ子どもでも、ちょっと前の経験を変えるだけで?それでも言われてみればしっくり来る感じもあるな。期待させといて裏切ってきた大人の言う事やもんな。
そう。しかも「イライラしてつい食べちゃった」んやなくて、わりと冷静に判断した結果っぽいんや。これ、けっこうすごい発見やで。感覚ではわかるけど、これを実験で確かめたってところに価値があんねん。
「待てない子」から「待てない状況」へ――マシュマロ物語がひっくり返る
この研究は、マシュマロテストの「お約束」をひっくり返しました。従来の語られ方は
Kiddが示した可能性は以下の通りです。
ここから導かれるのは、視点の大きな転換です。「待てない子」の問題ではなく、「待つ価値がある世界かどうか」という環境側の問題も見直す必要がある。子どもの行動を「だらしない」「意志力が弱い」とラベルづけする前に、こう問い直すことができるかもしれません。
「この子はこれまで、どれくらい約束を守ってもらえる世界で育ってきたんだろう?」
もしあなたが親や先生なら、ちょっと立ち止まって考えてみてください。自分が子どもに言った「あとでね」は、どれくらいの確率で守られているでしょうか。「ごはん食べたらね」「宿題終わったらね」「今度買ってあげるね」——その約束は、子どもの目から見て、信頼に足るものになっているでしょうか。
Kidd の研究は、子どもを責める前に、大人の側を振り返るきっかけを与えてくれます。
Kidd の限界:実験室の短期的な「裏切り」と、長期の家庭環境は同じではない
ここまで読むと、「なんだ、マシュマロテストって結局、環境の問題だったのか」と思うかもしれません。でも、フェアに言っておくべきことがあります。Kidd の研究には、明確な限界があります。
限界1:操作しているのは「短期的な約束」だけ
Kidd が変えたのは、実験室の中での「クレヨンの約束」「シールの約束」という、たった2回の短期的なエピソードです。これは、何年にもわたる家庭環境の影響とは別物です。たとえば、「貧困家庭で育った子ども」と「裕福な家庭で育った子ども」のちがいは、実験室で15分かけて作った「信頼/不信頼」とは、スケールがまったく異なります。
限界2:サンプルは小さい
この研究の参加者は28人(各条件14人)。統計的には小規模です。ただし、条件間の差は約9分(12分2秒 vs 3分2秒)もあり、統計的にも非常に強く出ています(p < .0005)。つまり、効果が大きすぎて、小標本でも見逃しようがなかったタイプの研究です。「効果があるかどうか」という問いに対しては、この研究は十分に答えています。ただし、注意点は残ります。
効果の存在は確認できた。でも、効果の普遍性や説明力の割合は、大規模データで検証が必要でしょう。
限界3:「信頼」と「長期的な家庭環境」は直接つながっていない
Kidd の研究は、「環境の信頼性が大事かもしれない」という方向性を示しましたが、「実際に家庭環境や社会経済的背景がどれくらい効いているか」を直接測ったわけではありません。それらの変数のうち、「信頼」に絞ってデータを提示したにすぎません。
それでも、この研究に意味がある理由
とはいえ、Kidd の研究には重要な意味があります。「環境の信頼性をちょっといじるだけで、同じ子どものマシュマロ待ち時間がこんなに変わる」このシンプルな実験が示したのは、「待てない=性格の問題」という考え方に対する、強力な反証です。
「そもそもこの世界は、その子にとって信頼できる場所だったのか?」
この問いを投げかけたこと自体に、Kidd の研究の価値があります。
この時点での暫定まとめ:マシュマロは「意志力テスト」ではなく「世界観テスト」かもしれない
小さな部屋で、小さな人数の子どもを相手に、小さな操作を2回だけ演じてみせた。それだけの実験が、「マシュマロ神話」に最初のヒビを入れた。Kidd(2013)のパンチは、「待てない子」を責める前に、こう言ったところです。
「その世界、信用できるん?」
約束が守られる世界なら「待つ」は投資になる。守られない世界なら「待つ」はギャンブルになる。マシュマロは、意志力テストというより世界観テストの側面がある——Kidd が示したのは、そういうことでした。
一方で、この研究はあくまで実験室内の短期的な操作であり、長年の家庭環境そのものを測っているわけではありません。それでも、「環境要因を抜きにマシュマロは語れない」という方向性を、この研究ははっきり示しました。
- Kidd (2013) は「マシュマロを待てるか」を、子どもの性格だけでなく「大人や世界への信頼」の問題として捉え直した
- 約束を守る/破る大人を演出するだけで、同じ子どもの待ち時間が約4倍変わることが示された
- 信頼できない世界では、「今食べる」はむしろ合理的な判断になりうる
- この研究は短期的な実験操作にとどまり、長期的な家庭環境そのものを直接測っているわけではない
- ただしKiddは「自己制御が無関係」とは言っていない。『自己制御だけで説明するのは早い』と言っている。
Kiddが壊したのは「待てない子」のレッテル。でもKiddが壊したのは、実験室の数分だけ。現実の信頼は、家庭や環境っていう長期戦で育つ土台。次回(第3回)は、その土台をぜんぶ回帰に放り込んで、数でぶん殴る。
執筆後記:Kidd の「職人芸」と、ちょっとした罪悪感ケア
この研究、ちょっと意地悪に見えますよね。「約束を2回も破る」なんて、子どもがかわいそうじゃないか、と。でも論文を読み込むと、Kidd たちがかなり丁寧に実験をデザインしていることがわかります。
「待つ」を確実に発生させる工夫
クレヨンもシールも、子どもがサクッと開けて作業に没頭してしまうと、「待つ/待たない」の選択が発生しません。だから Kidd たちは、わざと開けにくい容器を使っています。
クレヨンは固く封をした広口瓶に入れ、シールは取り出せないよう接着剤でくっつけいます。子どもが「まあいいや、これ使おう」と妥協しにくい状況を作ることで、「待つかどうか」の判断を確実に引き出しているわけです。
……と、ここまで書いておいてなんですが、論文にはこうも書いてあります。もっと良いシールもってくるよ、って実験者が出ていった箇所です。
このシールの準備は結局不要だった。子どもたちはお絵かきに夢中で、シールを調べようともしなかったからである
使い古しのクレヨンでめっちゃ楽しんでるやん!!
研究者が「開けられないように接着剤で……」と入念に仕込んだにも関わらず、子どもたちはそんなことお構いなしにお絵かきを満喫していたわけです。絵面を想像するとシュールで笑ってしまいました。
変数をきれいに切り出す
Reliable(信頼できる)条件と Unreliable(信頼できない)条件の差は、「約束を守るか破るか」だけにしたい。手続きの他の要因を減らして、「信頼」という変数をきれいに切り出す必要があります。
この徹底ぶりは、マシュマロテスト本体の手続きにも表れています。オリジナルの Shoda 版では、子どもが「もう待てない」と思ったらベルを鳴らして実験者を呼び戻す訓練が含まれていました。でも Kidd たちはこれを省いた。ベルを鳴らして実験者が来るかどうか、という体験自体が「この大人は信頼できるか」の追加情報になってしまうからです。せっかくクレヨンとシールで作った「信頼/不信頼」の状態が、ベル訓練で汚染されてしまう。それを避けるために、あえてシンプルな手続きに変更したわけです。
さらに、参加した子どもたちは直近2ヶ月以内にこのラボを訪れておらず、乳児期以降はこの実験者と接触していないという条件で選ばれています。つまり、「この研究室は信頼できる」「この人は約束を守る」といった事前の印象を持ち込ませない設計になっている。
ここまで徹底して「今回の実験操作だけで信頼を作る/壊す」という状況を作り込んでいるのが、Kidd の職人芸です。心理の研究者の統制の苦労が伝わってきました。
最後は全員にマシュマロを渡している
そして、マシュマロ課題の終了後、待てた子も待てなかった子も、全員に追加のマシュマロを3個渡しています。「おいおい、この人たち後で子どもたちに恨まれるぞ」と思いつつ読んでいましたが、このマシュマロ3個の一文で杞憂となりました。「信頼を裏切られる体験」をさせた子どもたちに対して、最後はちゃんとハッピーエンドを用意している。私みたいに「ひでえ研究者やな」と思った人に対するヘッジの意味もあるのかもしれません。
参考文献
Kidd, C., Palmeri, H., & Aslin, R. N. (2013). Rational snacking: Young children’s decision-making on the marshmallow task is moderated by beliefs about environmental reliability. Cognition, 126(1), 109–114.



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