- 【神話の誕生】 4歳の忍耐が一生を決める?(Mischel 1972/Shoda 1990)
- 【信頼の視点】「待てない子」じゃなくて「待てない世界」?(Kidd 2013)
- 【環境の力】「相関の大半は環境で縮む」再検証(Watts 2018) ←本記事
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- Watts(2018) がどんなデータで「マシュマロテスト」を再検証したのか
- 「素のまま」で見ると、たしかにマシュマロと将来の成績には少し相関がある
- 家庭環境やその時点での認知能力をモデルに入れると、その相関がほぼ消えるプロセス
- 「だからマシュマロも自制心も意味ない」ではなく、「環境を無視した神話が崩れた」という位置づけ
- 子どもを責めるよりも、家庭・社会の側をどう整えるかという視点が重要になること
導入:「マシュマロで人生決まる」はいったん保留しよう
第1回では、マシュマロテストの”元祖”が実は「注意のそらし方」の研究だったことを確認しました。第2回では、Kidd (2013) が「約束を守らない大人を見た子は合理的に待たない」ことを示し、”信頼できる世界かどうか”という視点を追加しました。
「うちの子、すぐ飽きちゃう」「集中力がない」——そんな悩みを抱える親御さんが、マシュマロ神話を聞いて焦る。でも、ちょっと待ってください。そもそも、その子の”待てなさ”は、本当にその子だけの問題でしょうか?
家庭環境がバラバラな子どもたちを「同じ土俵」で比べて、「待てた子は将来成功する」と言い切っていいのか。このモヤモヤに、正面から切り込んだ研究があります。2018年、Watts, Duncan, Quan の3人が発表した論文。
タイトルは「マシュマロテスト再検証(Revisiting the Marshmallow Test)」。今回は、この研究が何を見つけ、神話のどこを崩し、何を残したのかを見ていきます。
Watts et al. (2018) は何をした研究か
大人数 × バラバラな家庭:NICHD コホートという土台
Watts たちが使ったのは、NICHD SECCYD(National Institute of Child Health and Human Development Study of Early Child Care and Youth Development)という大規模な縦断データです。
これは、アメリカ全土10か所で生まれた子どもたちを、出生時から15歳まで追跡したコホート研究。元祖のShoda研究がスタンフォード大学の附属幼稚園——つまり、かなり恵まれた環境の子どもたち——を対象にしていたのに対し、こちらは社会経済的に幅広い家庭が含まれています。
Watts たちの分析対象は、全体で918名。そのうち、母親が大学を卒業していない家庭の子ども552名に焦点を当てています。これは、元のShoda研究の10倍以上のサンプルサイズであり、かつ「恵まれた世界」の外側を含む構成です。
スタンフォードの幼稚園って、そんな特殊なん?
うん。親が大学関係者という家庭が多いからな。収入も教育水準も、アメリカ全体から見るとかなり上のほうやろ。Wattsたちはそこを広げたかったんや。
Watts版マシュマロテスト:7分間の簡易版
NICHD SECCYDでは、子どもたちが54か月(4歳半)の時点で、マシュマロテストの変形版を受けています。
- 子どもの好みに合わせたお菓子(マシュマロ、M&M’s、動物クッキーなど)を提示
- 「7分間待てたら、もう一つもらえるよ」と説明
- 大人は部屋を出て、子どもは一人で待つ
- 待てなくなったらベルを鳴らして終了
元のMischel/Shoda研究では待ち時間が15〜20分だったのに対し、Watts研究は7分で打ち切りの簡易版です。
そして、小学1年生時点と15歳時点で、学力テスト(Woodcock-Johnsonという標準化テスト)と行動問題(母親による評定)を測定しています。
ここで一つ、大事な補足を。元のShoda研究で使われた「学力」はSAT、これは大学進学を目指す人が受ける選抜試験です。一方、Watts研究のWoodcock-Johnsonは、より幅広い層が受ける標準化テスト。「学力」と一口に言っても、測り方が違えば、相関の見え方も一般化のしやすさも変わるでしょう。
天井効果への工夫:なぜ「大卒未満の母」に絞り、グループで分析したのか
ここで、Watts研究の方法論上の重要なポイントを説明しておきます。
先ほど述べたように、NICHD SECCYDのマシュマロテストは7分で打ち切りの簡易版でした。元のMischel/Shoda研究が15〜20分だったのに比べると、かなり短い。これが問題を生みました。7分なら、結構多くの子どもがフルで待ててしまうのです。特に、大学を卒業した母親の子どもたちは、68%が7分間フルで待ちきった。一方、大学を卒業していない母親の子どもでは45%でした。
それの何が問題なん?
統計的に言うと、天井効果(ceiling effect)が起きてるんや。テストが簡単すぎて、みんな満点に張り付いてしまう状態。「7分フルで待った子」と「6分50秒で食べた子」の違いを見ようにも、そもそも7分で打ち切られてるから、本当の差がわからへん。
Watts たちはこの問題に、2つの方法で対処しました。
【対処1】「母親が大学を卒業していない家庭の子ども552名」に焦点を当てる
このサブグループなら、7分間の簡易版でも待ち時間にばらつきが出やすく、分析に使えた。
【対処2】待ち時間を「秒数」に加えて下記の「グループ」でも扱う
連続的な「何秒待てたか」に加えて、「どのグループか」でも分析したのです。7分上限だと、「5分待った子」と「7分待った子」の差を細かく見ても意味が薄い。だから「ざっくりグループ分け」でも傾向を見ました。これはデータの制限からのやむを得ない対応でした。でも、この工夫が後に予想外の発見につながります。
まずは「素のまま」で見ると:それっぽく見える
さて、Wattsたちはまず、何も調整しない「素のまま」の相関を確認しました。ここでの待ち時間は、「待てた/待てなかった」のグループ分けではなく、「何秒(何分)待てたか」という連続的な数値で扱っています。1秒でも長く待てた子ほど、どれくらい成績が良いか?——という見方です。
学力との関連:弱いながらも相関はある
結果は——たしかに、マシュマロを長く待てた子ほど、15歳時点の学力テストの成績が少し高い。しかしながらサンプル数を増やしただけで、Shodaの報告ほど相関は大きくないことが分かりました。大体半分程度に弱まっています。
| 研究 | アウトカム | 関連の強さ(素のまま) | 有意水準 | サンプル |
|---|---|---|---|---|
| Shoda (1990) | SAT 言語 | 相関係数r = .42 | p < .05 | n = 35 (スタンフォード幼稚園) |
| Shoda (1990) | SAT 数学 | 相関係数r = .57 | p < .001 | 同上 |
| Watts (2018) | Woodcock-Johnson(15歳時) | 回帰係数β = .24 | p < .001 | n = 552 (大卒未満の母の子) |
※Shodaは相関係数(r)、Wattsは標準化回帰係数(β)を報告しています。二変量回帰であればこれらはほぼ同じ値を取るので比較できます。
強さは弱なったみたいやけど、まだ相関あるんやろ?やっぱりマシュマロ神話、当たってるやん!有意差出ておるで?
せやなぁ。でもWattsたちの仕事はここからが本番やねん。ここから数と統計で殴ってくるから、楽しみにしててや。
性格・行動特性との関連:素のままでも相関なし
Shodaらはマシュマロテストの結果と性格特性についてもポジティブな相関を報告していました。Watts たちも学力だけでなく、行動問題(主に母親による評定)との関連も調べた。
ところが——何も調整していない「素のまま」の段階で、統計的に有意な相関は見られなかった。これにはWattsら自身も驚いたようです。ただし、ここで注意が必要です。ShodaとWattsでは、「行動特性」の測定項目がかなり違います。
- Shoda (1990):ACQやCCQを使用。「ストレスへの対処」「計画性」「注意力」など、性格特性を測定
- Watts (2018):CBCL(Child Behavior Checklist)を使用。外在化(反社会的行動)や内在化(抑うつ)の問題行動を測定
つまり、Shodaは「この子の性格はどうか」という特性を測っていたのに対し、Wattsは「この子に問題行動があるか」というネガティブな側面を測っていた。この違いは、結果の解釈に影響する可能性があります。
え、じゃあ「マシュマロ待てる子は将来しっかりした性格になる」も怪しいん?
少なくとも、Wattsたちの大規模データでは、問題行動については素のままで相関が出てへんかった。ただ、Shodaとは測ってるものが違うから、「同じ結果」とは言い切れへんのは注意やな。
ここで終わったら、「学力についてはまあまあ当たってた」で終わりです。でも、Watts たちの仕事はここからでした。
「相関」と「因果」の違い:なぜ「素のまま」では不十分なのか
相関と因果の差異
さて、ここで一歩立ち止まって、統計学の基本的な概念を押さえておきましょう。ここを抑えておかないとWattsたちの”凄み”がつかみにくいためです。
え、それって同じちゃうの?
ちゃうねん。たとえば「アイスの売上が多い日は水難事故も多い」——これ、相関はあるやろ?でも「アイスを食べると溺れやすくなる」わけやない。両方に効いてるのは”気温”や。
マシュマロテストも同じ構造です。
「一緒に動く」だけでは、「AがBを引き起こす」とは言えない。第三の要因が両方に効いているだけかもしれないからです。この「第三の要因」を、統計学では交絡(confounding)と呼びます。
交絡をそぎ落とすツール:回帰分析
じゃあ、相関と因果を突き詰めるにはどうするか?一つの方法が、統計学でいう回帰分析です。
Watts たちがやったのは、「家庭環境」や「4歳半時点での認知能力」という交絡をそぎ落として、「マシュマロを待つ力”だけ”がどれくらい将来に効いているか」を見たわけです。
なんか難しそう……。
さっきのアイスと水難事故の話を続けよか。「気温」という別の要因が、アイスにも水難事故にも影響してる——これが交絡や。回帰分析は、「気温をそろえたら、アイスと水難事故の関係はどうなる?」を見るツールなんや。条件をならして、”本当の持ち分”を割り勘するイメージ。
Wattsたちのやったことを言い換えれば、子供らは「家庭環境」とか「認知能力」というそれぞれ違った下駄を履いてるやろ?それを脱がせた上で比較すんねん。
家庭環境・能力を「順番にモデルに入れていく」とどうなるか
ここから、Watts たちが行った「段階的な検証」を見ていきます。比喩で言えば、「土壌」と「苗木」を順番に揃えていく作業です。
ステップ1:まず「土壌」をそろえる
Watts たちは、まずこう考えました。「待てる子と待てない子は、そもそも育っている環境(=土壌)が違うんじゃないか?」そこで、以下のような「家庭の背景」をモデルに組み込みました:
さて、これらの「土壌」をモデルに入れると——マシュマロと学力の関連は、だいぶ縮みました。当初見られた回帰係数βが0.24から0.08まで、つまり3分の1くらいに相関が弱まったのです。
ここで大事な注意。「母親の学歴」と聞くと、「学歴が高い母親のほうが”えらい”」と思いがちです。でも、この研究での扱いは違います。学歴は、家庭が使える資源・時間・学習機会の”代理指標”として使われています。大学を出ているかどうかは、その人の能力や価値を測っているわけではなく、「どんな環境で子育てができているか」を間接的に捉える手がかりにすぎません。
なるほど。「学歴が高いから優秀」じゃなくて、「学歴が高い家庭は、たまたま使える資源が多い傾向がある」ってことか。
そういうこと。学歴そのものが子どもを育てるわけやない。学歴に付随しやすい「時間」「お金」「情報」「経験」が効いている可能性がある、という話や。
ステップ2:さらに「苗木」もそろえる
でも、まだ終わりではありません。Watts たちは、さらに54か月時点(マシュマロテストと同時期)の子ども自身の認知能力——つまり「苗木の成長度合い」——もモデルに加えました。語彙力、読み書きの初期スキル、算数の基礎、記憶力など。
これを入れると——回帰係数は0.05。素の相関の約5分の1まで減少してしまい、統計的な有意水準も満たしませんでした。
なお、小学1年生時点の学力でも同様のパターンが見られ、家庭背景+認知能力を調整するとマシュマロの効果はほぼ消えています。つまり、こういうこと。マシュマロを「長く待てた子」と「すぐ食べた子」の違いは、54か月時点での土壌の環境と苗木の育ち具合で大部分が説明できてしまう。
言い換えれば——「マシュマロ待ち」は、同時点の認知・行動指標を入れると”上乗せ予測”がほぼ残らない。
つまり、マシュマロで測っていたのは”将来を占う独立した魔法の因子”ではなく、子どもの当時点の家庭環境や、発達・行動の代理指標だった可能性が高い。
ちなみに、同時点(54か月)の認知・行動まで調整したモデルは、「遅延そのものだけを伸ばす介入」を想定したとき、上乗せ効果が残るかを見る設計にもなっています。つまり、「ただ単にマシュマロを待つテクニック」だけを教えても、将来の成功にはほとんど繋がらないことを意味します。
結果:マシュマロの”上乗せ分”は、かなり小さくなる
整理しましょう。
| 条件 | マシュマロと15歳学力の関連 |
|---|---|
| 素のまま(何も調整しない) | そこそこある(β = .24) |
| 家庭背景を調整 | 3分の1へ(β=0.08) |
| 家庭背景+同時期の認知能力を調整 | 5分の1へ (β=0.05) |
つまり、「マシュマロを待てた子は将来成績がいい」という相関の多くは、マシュマロそのものではなく、家庭環境やもともとの認知能力の差を拾っていた可能性が高いのです。
神話の核心が揺らぐ:「未来を占う力」はどこへ?
ここで、はっきり言っておきましょう。「4歳でマシュマロを我慢できた子は、将来成功する」——この神話は、Watts たちによって見直しを迫られることになりました。家庭環境(土壌)と、テストを受けた時点での認知能力(苗木)をモデルに入れると、マシュマロの「未来を占う力」はほぼ消えた。
これは、子どもを責めていた神話の終わりです。「待てない子」は、意志が弱いわけじゃない。「待てる子」は、特別に優れているわけじゃない。土壌の差が、マシュマロを待てるかどうかにも、将来の学力にも、両方に影響を与えていた。マシュマロテストは、その土壌の差を「子どもの意志力」として誤読させていただけだった可能性が高い。
え、じゃあマシュマロテストって意味なかったん?
「意味がない」というより、「何を測っていたかが変わった」んや。マシュマロは”子どもの意志力”を測っていたんやなくて、”子どもを取り巻く環境やそのタイミングでの認知能力”を映し出す鏡だった可能性が高い。
なんか、ちょっとスッキリした。でも、これで終わり?
いや、ここからが大事なんや。神話は終わったけど、希望がなくなったわけやない。
でも、終わりじゃない:相関の構造から見えること
さて、神話は揺らいだ。でも、ここで終わりではありません。「因果は証明されていない」という前提を踏まえたうえで、相関の構造から見えるヒントがあります。もう一度、表を見てください。
| 条件 | マシュマロと15歳学力の関連 |
|---|---|
| 素のまま(何も調整しない) | β = .24(弱いけど、ある) |
| 家庭背景+認知能力を調整 | ほぼ消える |
注目してほしいのは、「素のまま」の行です。何も調整しない2変量解析では、マシュマロと将来の学力には、弱いながらも相関がある。これは何を意味するか?
土壌を豊かにすれば、子どもは「待てる」ようになりやすく、将来の学力も上がる可能性がある。マシュマロテストは、子どもの「意志力」を測る道具としては役に立たない。でも、「この子の土壌は十分か?」を映し出す鏡としては、まだ意味がある。
え、でもさっき「消えた」って言うてたやん。
ちゃうねん。マシュマロ”だけ”の独自の効果は消えた。でも、土壌の効果は消えてない。むしろ、土壌が効いてるからこそ、素のままで見ると相関が出るんやろうな。
じゃあ、子どもの意志力を鍛えるより、環境を整えるほうが筋がいいってこと?
そういうこと。子どもを変えようとするより、子どもを取り巻く土壌を変える。そっちのほうが、Wattsの研究からは支持される。
HOMEから見える「土壌」のヒント
Watts たちが「土壌」の指標として使ったHOME(Home Observation for Measurement of the Environment)には、日常の子育てに活かせるヒントが含まれています。HOMEは、子どもの発達を支える環境を評価する標準化された尺度です。Watts研究では9つのサブスケールが使われましたが、その中から親世代が日常で意識しやすいものをいくつか紹介します。
これらは、「マシュマロを我慢させる訓練」とは違います。子どもの”待てる力”を直接鍛えようとするのではなく、子どもが育つ土壌そのものを豊かにする——そういう発想です。
でも、そういう環境を整えるのも、余裕がないと難しいやん。
せやな。「努力すれば誰でも整えられる」とは言わん。経済的・時間的な制約がある家庭は多い。だからこそ、これは”個人の努力”だけの問題やなくて、社会全体で土壌を整えるという視点が大事なんや。
社会全体で?
うん。保育、教育、福祉、経済的支援——そういうインフラが、子どもたちの「土壌」を底上げする。個々の家庭が頑張るだけやなくて、社会の側が「待てる環境」を増やしていく。そういう発想の転換が、Wattsの研究からは見えてくる。
ただし、最後に大事な注意を。回帰分析で「交絡を除いた」としても、それで因果が証明されるわけではありません。観察研究では、見落としている交絡がある可能性は常に残ります。Watts たちも「マシュマロ神話には穴がある」ことを示しただけで、「家庭環境が学力を決める」という因果を主張しているわけではないのです。上記の「土壌を豊かに」という話も、「因果が証明されたからやれ」ではなく、「相関の構造から見えるヒント」として受け取ってください。
伏線の回収:「最初の20秒」を乗り越えられるか——閾値効果の発見
さて、ここで方法論の箇所の伏線を回収しておきましょう。Watts たちが天井効果に対処するために待ち時間を4グループに分けたという話をしました。覚えていますか?
このやむを得ない工夫から、予想外の発見が生まれました。結果を見ると、「20秒超で食べた子」と「最後まで待った子」の間で、将来の学力や行動問題にほとんど差がなかったのです。つまり、こういうことです。
「待てば待つほどいい」のではなく、「20秒以上待てるかどうか」が分かれ目だった可能性がある。これは、天井効果という分析上の制約に対処するために行った工夫から、予想外の知見が得られた例です。研究の偶然の発見とも言えるでしょう。Wattsたちはこれを閾値効果(threshold effect)として紹介しています。20秒の衝動を抑えられるかどうかが、キモなのかもしれません。
え、7分フルで待った子と、20秒は待ったけど途中で食べた子が、同じくらい?
そう。これが閾値効果(threshold effect)や。「ある程度待てたら、それ以上長く待てても上乗せのメリットがない」という話。待ち時間と将来の成績は、線形(比例)の関係じゃなかったんや。
じゃあ、「うちの子は1分しか待てなかった…」って落ち込む必要ないってこと?
少なくともWattsのデータでは、20秒以上待てた子なら、途中で食べても7分フルで待っても将来の差はあまりなかった。「待てば待つほど良い」という神話の根拠は、ここでも揺らいでるな。
シリーズの振り返りと本記事のまとめ:ここまでの流れ
ここまでの3本で見えてきたこと
- Mischel / Shoda(1970s–1990):「幼児期に待てた子は将来も成功する」という相関を報告。ただし、サンプルは小さく、恵まれた環境に偏っていた。
- Kidd (2013):「待つ/待たないは、環境への信頼に左右される」ことを示し、意志力一辺倒の解釈にヒビを入れた。
- Watts (2018):より大きく多様なデータで再検証し、「相関の大部分は家庭環境で説明できる」ことを示した。神話の核心部分が揺らいだ。
- Watts et al. (2018) は、より大きく多様なデータでマシュマロテストを再検証した
- 素のままでは「待てる子=将来の成績がいい」という相関が見えた
- しかし、家庭環境やもともとの認知能力を調整すると、その相関はほぼ消えた
- これは「マシュマロが無意味」ではなく、「環境の影響を拾っていた」という話
- 子どもを責めるより、「安心して待てる土壌」を社会全体で整える視点が大切
次回:それでも「自己制御」という能力全体は侮れない
一方で、「自己制御」というもっと広い能力——衝動を抑える、計画を立てる、感情を調整する——が人生に影響するかどうかは、また別の問いです。
次回は、「自己制御そのもの」をどう評価しているかを見ていきます。マシュマロ神話は下ろす。でも、自己制御という能力全体を見捨てるのは早い。その線引きを、次回で整理していきましょう。
執筆後記
ここから先はすべて原典には記載のない私見です。
Shoda たちは「学力予測」を狙っていなかった?
Mischel の1972年の元研究は、そもそも「学力を予測する」なんて目的ではなかったと思います。あれは「注意をどうそらせば待てるか」という認知心理学の実験だったのです。
Shoda たちが「あの子たちどうなったかな」と追跡調査を思い立ったとき、共通で取れるアウトカムがSATくらいしかなかったのだと想像します。計画的に用意された追跡データではなく、「なんとか取れた指標」で相関を見たのではないでしょうか。1990年のShodaの論文のSATデータを取得するmethodを見ると、裏の苦悩を想像できました。
だからこそ、Watts との比較は単純な「どっちが正しいか」ではありません。
- Shoda/Mischel:後付けで「なんとか取れたSAT」を使い、芽を見つけた
- Watts:最初から縦断設計された NICHD で、計画的に検証した
研究インフラの差が30年近くあります。Shoda たちを「間違っていた」と責めるのはフェアではありません。あの時代、あの条件で「幼児期の数分の行動が十数年後と関係するかも」という発想を持ち、実際に相関を見つけた。それはパイオニアの仕事です。
ただ、現代の研究デザインには抗えません。Shoda は”相関の発見者”、Watts は”相関の内訳を剥がした解剖医”。どちらも仕事をしています。でも、神話を更新するのは解剖医の役目です。
SATを「学力」の指標にすることの問題
SATは「受ける時点で選抜がかかっている」指標だと感じます。日本でいえば、共通テスト(旧センター試験)を思い浮かべてください。
この「受けるか受けないか」という分岐自体が、すでに土壌を丸ごと含んでいます。
つまり、「SATを受けた人同士で比較する」というのは、すでに似たような土壌を持つ人たちの中だけで比べていることになります。これをもって「一般的にマシュマロが学力を予測する」と言えるかというと、話は別です。土壌が均一なサンプルで見つかった相関が、土壌がバラバラな社会全体で成り立つとは限らないのです。Watts研究が使ったWoodcock-Johnsonは、標準化された学力テストのようで、より幅広い層を対象にしています。「受けるか受けないか」の選抜が入らないぶん、一般化しやすい指標だと言えます。
「大卒未満の母親」というサンプル選定について
本文では、Wattsが「母親が大学を卒業していない家庭の子ども552名」に焦点を当てた理由を、「社会経済的に多様なサンプルで検証するため」「天井効果への対応」と2つの理由で説明しました。論文のフレーミングもそうなっています。
Wattsが使ったNICHDコホートのマシュマロテストは、7分間の簡易版でした。本文の通り、天井に張り付く子どもが多くなるのですね。故に大卒未満の母親の子どもで解析をした、とさらっと書いてあります。
私みたいな別業界の人間はここで「ん?」と思いました。例えばこれが世帯の収入ではダメなのか、父親の学歴ではダメなのか、家庭環境の指標という視点なら他の指標でも良いはずです。実際、Watts たちは family incomeを計測しており、収入ベースでサブグループを作ることも別案として考えられそうです。「社会経済的に多様なサンプルで検証したい」というなら、収入上位をトリミングするほうが素直なロジックにも見えます。(まぁ母親の学歴は発達心理系の業界ではあるある系の指標なのは後で勉強して知りました)
Watts たちは両群のデータを公開しており、「大卒の母の子どもでは unreliable results になった」と明記しています。透明性はしっかり担保されています。
ここから先は完全に私の邪推、意地悪、捻くれです。
それでも重箱の隅をつつくなら——「どの指標で、どこに線を引くか」には、観察研究ゆえの自由度が残ります。サッカーに例えればボールが飛んでいったあとで、ゴールポストを微調整できてしまう余地がある。こういった捻くれた疑問を出すことも可能なのです。
大事なことなので強調しておきます、これはWattsたちが都合のいいところでデータを切り取ったと言うわけではありません。そういう指摘を受けても否定しづらいという、観察研究では研究設計上としてはやむを得ないところなんですよね。
じゃあ、この手の「自由度」をどうやって封じるのか。私みたいな捻くれ者を黙らせる方法が、ちゃんとあります。第5回で、その『ガチンコの作法』を見ていきます。
参考文献
- Watts, T. W., Duncan, G. J., & Quan, H. (2018). Revisiting the Marshmallow Test: A Conceptual Replication Investigating Links Between Early Delay of Gratification and Later Outcomes. Psychological Science, 29(7), 1159–1177.
- Shoda, Y., Mischel, W., & Peake, P. K. (1990). Predicting adolescent cognitive and self-regulatory competencies from preschool delay of gratification: Identifying diagnostic conditions. Developmental Psychology, 26, 978–986.



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