ダニング=クルーガー効果の嘘・本当|「メタ認知が原因」は反証されたのか?

用語解説
この記事でわかること

  • ダニング=クルーガー効果の本来の意味と原典の実験内容
  • 「できない人ほど自信満々」は本当か?
  • あの「馬鹿の山」グラフは原論文に存在しない?
  • 後続研究による批判と、現時点での解釈


ダニング=クルーガー効果とは?「俺は大丈夫」という自信の正体

前回、コントロールの錯覚について記事を書きました。(コントロールの錯覚とは?|Langer (1975) 原論文から徹底解説

その中で、友人や職場の人にこんな質問をしたんです。「自分がこの1年で交通事故に遭う確率、どれくらいだと思う?」返ってきた答えの中に、こんなのがありました。

「俺は絶対起こさへん」

コントロールの錯覚で説明できる部分もあります。運転は「自分で操作する」「毎日やってる」「ルートを選べる」——実力ゲームの要素が満載だから、リスクを過小評価しやすい。

そしてもう一つ思い浮かんだのが「ダニング=クルーガー効果」。能力が低い人ほど自分を過大評価しがちという効果です。ネットでは例の曲線と「馬鹿の山・絶望の谷・啓蒙の坂・継続の大地」というやつで語られています。

しかし先に言っておきます。あのグラフ、ダニングとクルーガーが報告した論文には一切登場しません実際に彼らが報告した研究、そして近年の考え方について深掘りしていきましょう。

ヒューマン
ヒューマン

俺は安全運転やから大丈夫。絶対事故はせえへん。俺の運転は多分世の中の上位1割位のテクニックやと思うで?

エコノ
エコノ

どこからその自信がきてんのや。お前駐車場入れるとき3回以上切り返すやん。それ上手なんか?ダニング=クルーガーっぽくないか。

ヒューマン
ヒューマン

あの馬鹿の山、とかが有名なやつか?

エコノ
エコノ

まぁ、それが有名になってしまっているけど、あのグラフは当初の研究では一切でてこんで?実際に彼らがやった実験、説明しよか。


ダニング=クルーガー効果の発端は?|「レモン汁強盗」事件

この研究が生まれたきっかけは、1995年にピッツバーグで起きた銀行強盗事件でした。マッカーサー・ウィーラーという男が、白昼堂々と顔を隠さずに2つの銀行を襲いました。当然、監視カメラにバッチリ映って、その日の夜のニュースで放送されてすぐ逮捕。逮捕後、警察が聴取すると、本人はこう言ったそうです。

「でも俺はレモン汁を塗ったのに」

レモン汁を顔に塗れば、カメラに映らないと本気で信じていたらしい。この事件を知ったダニングとクルーガーは「無能は二重の負担(dual burden)を負う」という主張を立てました、以下のようなものです。

  • 誤った結論に至り、不運な選択をしてしまう
  • その無能さゆえに、自分が間違っていることに気づく能力が奪われる

こうして1999年、彼らはコーネル大学の学生を対象に4つの実験を行い、あの有名な論文を発表したのです。ここからは原典の論文に忠実に解説していきます。

ヒューマン
ヒューマン

レモン汁塗ったら透明になれるって、どんな発想やねん。

エコノ
エコノ

まあ、これが「無能で無自覚」の極端な例として論文の冒頭に出てくるんやけど…実験の中身を見ていくと、ちょっと印象変わるかもしれへんで。


【原論文】実験1:ユーモア(参加者65人)

項目内容
狙い「下位群が過大評価、上位群が過小評価」というパターンが存在するか確認する。日常的に使われる能力として、まずユーモアのセンスを選択
実験内容30個のジョークを1〜11点で評価。プロのコメディアン7人の評価を「正解」として、参加者の評価と比較
測定項目テスト後に「自分のユーモア能力は全体の何%くらいか」と自己評価

結果

グループ実際の成績自己評価ズレ
下位25%12パーセンタイル58パーセンタイル+46ポイント(過大評価)
上位25%約90パーセンタイル約75パーセンタイル約-15ポイント(過小評価)

考察と限界

項目内容
確認できたこと「下位群が過大評価、上位群が過小評価」というパターンは存在しそう
限界ユーモアは主観的。「俺のほうがセンスある」と言われたら反論しにくい
次への問い正解が客観的に決まる課題でも、同じパターンが出るか?
ヒューマン
ヒューマン

下から25%の人達が実際の成績より46%も過大評価していたという話やな。これだけ見れば過大評価もありそうやけど、ユーモアのセンスって、結局「俺はおもろいと思う」で終わりそうやな。

エコノ
エコノ

せやな。正直これだけでは弱い。だから次は論理問題。正解が1つしかない課題で試しにいったんや。


【原論文】実験2:論理的推論(参加者45人)

項目内容
狙いStudy 1では「正解が主観的」という限界があった。正解が客観的に決まる課題でも同じパターンが出るか検証
実験内容LSAT(ロースクール入試)から抜粋した論理問題20問
測定項目①自分の論理的推論能力は全体の何%か自己評価
②このテストの成績は全体の何%か自己評価
③正答数予想

結果

グループ実際の成績自己評価(能力)自己評価(成績)正答数予想正答数
下位25%12パーセンタイル68パーセンタイル62パーセンタイル14.2問9.6問
上位25%86パーセンタイル74パーセンタイル68パーセンタイル14.0問16.9問

考察と限界

項目内容
確認できたこと正解が明確な課題でも、下位群は過大評価・上位群は過小評価するパターンが再現された
新たな発見下位群は正答数の予想も大幅に外している。「他人との比較が苦手」だけでなく、自分自身の出来すら把握できていない
次への問い他人のパフォーマンスを見せたら、自己評価を修正できるのか?
ヒューマン
ヒューマン

おお。ガチな論理問題でも過大評価してしまったんやな。正答数の予想まで外してるってことは、「他人との比較」だけやなくて、そもそも自分の出来がわかってへんってことか。

エコノ
エコノ

そういうことになるな。相対評価だけでなく絶対評価も外してたってことになるな。この実験で入れるのはここまでやな。そして次の実験で、他の人の回答を見せてみたら、自己評価変わるかな?という仮説と詰めにいったんや。


【原論文】実験3:英文法+他者評価(参加者84人)

項目内容
狙いStudy 1・2で「下位群は自分の出来がわからない」ことが判明。では他人のパフォーマンスを見せたら、自己評価を修正できるのか?
実験内容2段階構成。
Phase 1:全米教員試験(NTE)から抜粋した文法問題20問。
Phase 2(4〜6週間後):下位25%と上位25%の参加者を呼び戻し、他の学生5人分の答案を採点させる
測定項目(Phase 1)①自分の文法能力は全体の何%か自己評価
②このテストの成績は全体の何%か自己評価
測定項目(Phase 2)①他人の答案を正確に採点できたか
②他人の答案を見た後、自己評価を修正したか

結果:Phase 1(文法テスト)

グループ実際の成績文法能力自己評価テスト成績自己評価
下位25%10パーセンタイル67パーセンタイル61パーセンタイル
上位25%89パーセンタイル72パーセンタイル70パーセンタイル

結果:Phase 2(他者評価後)

①他人の答案を採点する精度

グループ採点精度(相関係数)採点の絶対誤差
下位25%r = .37M = 17.4
上位25%r = .66M = 9.2

→ 下位群は上位群より有意に採点精度が低かった(相関係数の差 p < .05、絶対誤差の差 p < .02)

②他人の答案を見た後の自己評価の変化

グループ他者の答案を見た後の自己評価
下位25%修正しなかった(むしろ少し上げた)
上位25%上方修正した(「みんな思ったより出来ていない」と気づいた)

考察と限界

項目内容
確認できたこと①文法テストでも過大評価パターンが再現された(Study 1・2と同様)
②下位群は他人の答案を正確に採点できなかった(採点精度 r = .37 vs 上位群 r = .66)
③下位群は他人の答案を見ても自己評価を修正しなかった(むしろ少し上げた)
④上位群は他人の答案を見て自己評価を上方修正した(偽の合意効果の解消)
限界「採点精度が低い」のはメタ認知の欠如の証拠として扱われているが、単に「文法力が低いから採点もできない」だけの可能性も。能力とメタ認知が分離できていない
次への問いでは、能力そのものを上げたら、自己評価も正確になるのか?
ヒューマン
ヒューマン

実験1・2と同じ傾向やな。さらに踏み込んでる。他人の答案を正確に採点できへんし、他人の答案見ても自己評価を下げへんかった。でも採点能力って、単純に文法能力の表れとしても捉えられへんか?

エコノ
エコノ

そうや。他人の答案見ても自分の能力を顧みへんかった。著者らはこれをメタ認知能力の低さやというてる。けど、メタ認知なんて難しいこと言わんでも、単に文法能力がないから採点もできへんかっただけやないか?ともいえるな。じゃあ最後、本人の能力を上げたらどうなるか。それがStudy 4や。


【原論文】実験4:トレーニング効果(参加者140人)

項目内容
狙いStudy 3で「他人を見せても効果なし」と判明。
では能力そのものを上げたら、自己評価も正確になるのか?
実験内容ウェイソン選択課題(論理パズル)10問。
テスト後、半数(70人)に論理的推論のトレーニングを実施。
残り半数は無関係な課題(統制群)
測定項目①論理的推論能力(パーセンタイル)
②テスト成績(パーセンタイル)
③正答数予想(10問中)
④メタ認知課題:自分の回答を見直し、各問題の正誤を判定(10問中いくつ正確に判定できたか)

結果:下位25%の変化

条件能力自己評価(前→後)テスト成績予想(前→後)正答数予想(前→後)メタ認知スコア
トレーニングなし55→56パーセンタイル55→54パーセンタイル5.8→6.3問3.5 / 10
トレーニングあり55→44パーセンタイル51→32パーセンタイル5.3→1.0問9.3 / 10
上位25%(参考)9.9 / 10

→ 訓練を受けた下位群は、上位群とほぼ同等のメタ認知スコアを達成した

考察と限界

項目内容
確認できたことトレーニングで能力が上がると、自分の限界も見えるようになった。
論文の結論「能力が上がると、メタ認知も上がる」。逆に言えば、無能な人に自分の無能さを気づかせる唯一の方法は、その人を有能にすること
批判の余地「メタ認知が上がった」のか「課題の理解が深まっただけ」なのか、区別がつかない。
ヒューマン
ヒューマン

トレーニングで「自分ができてへんこと」に気づけるようになったんや。逆説的やな。

エコノ
エコノ

そう。学ぶことでしか、自分の無知には気づけへんってことやな。

ヒューマン
ヒューマン

でも待って。これホンマにメタ認知が上がったんか?単に勉強したから問題への理解が深まっただけちゃうん?自分の正誤を自分で判断できるってのがメタ認知スコアやろ?単に課題に対する理解が深まっただけかもしれんやないか?

エコノ
エコノ

ええとこ突くな。Study 4はダニング=クルーガー効果でよく言及される実験やけど、メタ認知が上がったのか、課題理解が深まっただけなのか、この実験では区別できへんと俺も思ってる。


ダニング=クルーガーの結論|「二重の呪い」とは

二重の呪い

4つの実験を通じて、クルーガーとダニングは二重の呪いという以下の主張を展開しています。

  1. 間違った結論に至り、不運な選択をしてしまう
  2. その無能さゆえに、自分が間違っていることに気づけない

能力がないから、気づけない─メタ認知の皮肉なループ

著者たちの核心的な主張はこうです:「ある領域で能力を発揮するために必要なスキルは、その領域での能力を評価するために必要なスキルと同じ」。

たとえば英文法。正しい文を書くスキルと、正しい文を見分けるスキルは同じです。つまり、文法がわからない人は、自分の文法ミスにも気づけません。

Study 3で検証されたように、下位群は他人の優れたパフォーマンスを見ても自己評価を修正しませんでした。なぜなら、他人の「良さ」を見抜くスキルも欠けているからです。比較材料にならないのです。

Study 4の結果から導かれた結論として、「無能な人に自分の無能さを気づかせる唯一の方法は、その人を有能にすること」とも主張しています。トレーニングで能力が上がった参加者は、自己評価も正確になりました。学ぶことでしか、自分の無知には気づけないということでしょう。

上位群の問題:偽の合意効果

著者ら下位群だけでなく、上位群の過小評価も指摘しています。上位群は「偽の合意効果」により、自分が簡単にできることは他人も簡単にできると思い込む。Study 3で他人の答案を見て初めて「みんなこんなにできないのか」と気づき、自己評価を上方修正したわけです。

グループ誤りの方向原因
下位群自己への過大評価メタ認知の欠如
上位群他者への過大評価偽の合意効果
ヒューマン
ヒューマン

つまり、下位群は「自分ができる」と思い込み、上位群は「みんなもできる」と思い込むってことやな。上位群の過小評価って、インポスター症候群とか関係あるんかな?

エコノ
エコノ

ええとこ突くな。実はそれ、別の研究テーマになってるんや。上位群の「自分はまだまだ」という感覚は、ダニング=クルーガー効果とはまた違う心理メカニズムが働いてる可能性がある。それはまた別の記事で深掘りしようか。


ダニング=クルーガー効果の日常例|3つのあるあるシーン

以下の例は、ダニング=クルーガーが原論文で実証したものではない。あくまで「こういう場面で似たパターンがあるかも」という筆者の考察であり、実験的に検証されたわけではない点に留意して読んでみて下さい。

「俺ならできる」─ゲーム観戦マウント勢

テレビゲームを横で見ながら「俺ならもっとうまくできる」と言い出す人、いますよね。だが実際にコントローラーを握らせると、まったくできない——典型的なパターンです。

見ているときは「簡単そう」に見えます。しかしその裏で、プレイヤーは今後の展開、可能性、タイミング、戦略など、何層にもわたって思考しているわけです。横で見ているだけでは、それらが見えてきません。いざやらせると全然できないのに、「ちょっと調子悪かっただけ」「手が冷えてた」「あの技は卑怯」「避けようがない」などと言い訳する。まさに二重の呪い——下手なうえに、自分が下手なことにも気づけないのです。

面白いのは、本当にゲームが上手い人ほど「いや、俺なんかまだまだ。そんなうまくないで」と謙遜する点です。論文で示された「上位者は過小評価する」という逆パターンそのものではないでしょうか。


「俺は事故らん」─初心者ドライバーの落とし穴

冒頭の運転の話とつながります。免許を取ったばかりの頃、妙に自信満々だった経験はないでしょうか?数千キロ走って車の操作に慣れてきた頃が、最も危険かもしれません。これもダニング=クルーガー効果の典型例に思えます。

街中の運転にも慣れ、車の取り扱いも上達します。しかし、危険予測の経験は10年乗っているベテランと比べれば圧倒的に不足しています。ベテランドライバーはヒヤリハット経験から潜在的なリスクを察知できます。初心者には「できた」という成功体験だけがあり、「できなかった」経験が圧倒的に不足しています。だから根拠のない自信だけが膨らんでいるのではないでしょうか。


「仕事なんて簡単や」─新入社員の死角

入社3ヶ月で会社の問題点を全部指摘する新人いませんか。「なんでこんな非効率なやり方してるの?」「もっとこうすればいいのに」。もちろん素晴らしい指摘もある。しかしその裏には、改善するための人的・金銭的リソースが足りない、改善しても手間がメリットに見合わない、などすでに検討された事項であったりするわけです。

数年後には「あの時はわかってなかったな…」と気づく。複雑な利害関係、システムの制約、過去の失敗の積み重ね——そういったたくさんのしがらみの中で会社は回っているのです。経験を積むほど謙虚になっていく。もちろん新しい視点は大事です。しかし「自分が全部わかっている」と思い込むのは、まさにメタ認知の欠如に思えますね。


ダニング=クルーガー効果への批判|本当に正しいのか?

さてここまでダニングとクルーガーによる研究を中心に話しましたが、実は学術的には複数の反論があります。「できない人ほど自信過剰」という現象は本当に「メタ認知の欠如」で説明できるのか?見ていきましょう。

批判1:回帰効果(統計的アーティファクト)

最も根強い批判が「回帰効果」という統計的な問題です。成績が極端に低い人は、どう予想しても「上がる」方向にしかズレようがありません。0点に近い人が「自分は0点だろう」と正確に予想することは稀で、大抵は「もう少しできたはず」と思います。逆に成績が極端に高い人は、「下がる」方向にしかズレません。これは心理の問題ではなく、数学的な理屈です。 つまり、「メタ認知の欠如」を持ち出さなくても、この現象は説明できてしまう可能性があります。

著者らは「回帰効果だけでは説明できない」と論文で反論しています。反論の1つ目はズレの非対称性です。下位群の過大評価(+46ポイント等)は、上位群の過小評価(-15ポイント等)より圧倒的に大きい。回帰効果なら上下対称になるはずで、下位群が4倍もズレていることは説明できない、と著者らは主張しています(実際はありえます)。

2つ目は絶対的な正答数の予想についてです。Study 2では「何問正解したと思いますか?」というパーセンタイルとは関係ない絶対評価も尋ねています。下位群は実際9.6問のところ14.2問と予想しました。回帰効果は「相対順位が平均に寄る」という話であり、絶対数の過大評価は説明できないと著者らは主張しています。

3つ目はStudy 4のトレーニング効果です。訓練により自己評価が正確になったという結果は、メタ認知が向上したことによる改善と考えられます。回帰効果が数学的必然なら、訓練で変わるはずがない——という主張です。


批判2:一般化できるのか?(外的妥当性の問題)

ここからは原論文で言及されていないところです。私が原典を読んでいて疑問に思った箇所です。「馬鹿は自分が馬鹿だとわからない」といった安易な一般化への疑問として読んでください。

この研究の参加者は全員コーネル大学の学生です。アイビーリーグの超名門校であり、世界的に見ても入試難易度が高い。つまり、全員がある程度「できる人」なのです。つまり、一般化できるのか、という問題が生じます。

外的妥当性への懸念:

  • 他の大学、他の国、他の年齢層でも同じ結果が出るのか?
  • 文化的背景による自己評価の違いは考慮されていない
  • いわゆる「WEIRDサンプル」問題(西洋・高学歴・先進国・富裕・民主主義社会の偏り)

未検証の仮説として: さらに、名門大学の学生は難関を突破した経験から、ベースラインの自尊心が高い可能性も考えられます。もしそうなら「能力が低いから過大評価する」ではなく「もともと自信過剰な性格だから過大評価する」という別の因果関係もありえます。(ただし、これは私の推測であり、原論文では自尊心を測定した検証は行われていません。あくまで「こういう交絡変数の可能性もある」という問題提起として読んでください。)


「馬鹿の山」グラフは嘘?|原論文には存在しない事実

ダニング=クルーガー効果と検索すると、まず最初に出てくる「馬鹿の山」「絶望の谷」「啓蒙の坂」「持続の大地」というグラフです。これは原典には存在しません。


ネットで流通する「Dunning–Kruger曲線(バカの山)」は原典の図ではない。
原論文(Kruger & Dunning, 1999)が示したのは、成績を四分位に分けたときの「自己評価(知覚された能力)」と「実際の成績」の関係(右図のタイプ)である。

そもそも、ここまで見てきた4つの実験を思い出してほしいのです。どれも「ある時点での成績と自己評価のズレ」を測定しただけ。同じ人を追跡して「時間の経過や経験とともに自信がどう変わるか」なんて縦断研究はしてない。横軸に「経験」や「時間」を取ったグラフは、そもそも描きようがないのです。

このグラフの出典は不明ですが、2010年代にネット上で広まり、今では「ダニング=クルーガー効果のグラフ」として定着してしまっているようです。

このあと紹介する後続研究のMaIntoshらは以下のように2019年の論文で記載しています。

Shakespeare’s poetic depictions of the fool and the wise man are thus as apt as ever. By contrast, the modern meme that stupid people are too stupid to know they are stupid is a dramatic oversimplification, propounded (perhaps) by those who know sufficiently little of the evidence.(McIntosh et al. 2019より引用。参考文献参照。)

シェイクスピアが詩的に描いた愚者と賢者の姿は、今でも適切である。対照的に、「愚かな人は自分が愚かであることを知らないほど愚かだ」という現代のミームは、劇的な単純化である。おそらく、証拠について十分に知らない人々によって広められたものだろう

現代のダニング=クルーガー効果の解説はMcIntoshらが言うように、ネットのおもちゃとして少々過剰に一般化されている印象を受けます。効果の名前を使うのは結構。ただしそれは自分は大丈夫と思ったときに謙虚に学び続ける「自省」の意味で使うことが適切ではないのかと思います。

ヒューマン
ヒューマン

じゃあ「学び続けたら絶望の谷を経験して、最終的に謙虚になる」みたいなストーリーは…

エコノ
エコノ

後付けやろうね。原論文は「ある時点での自己評価と実際の成績のズレ」を測定しただけで、「学習が進むにつれて自信がどう変化するか」なんて縦断研究はしてへん。やってないものは書けへん。


後続研究で割れる見解|メタ認知は本当に原因なのか?

Jansenらの挑戦(2021年)——大規模検証でメタ認知問題を探る

原論文は数十人のコーネル大学生だけでした。Jansenらは約80倍の規模(文法3,515人+論理推論3,543人)で再検証に挑みました。Amazon Mechanical Turkを使い、幅広い年齢層・学歴の参加者を集めています。彼らは複数の仮説を数理モデルとして定式化し、どのモデルがデータを最もよく説明するかを統計的に比較しています。これにより先に述べた一般化の問題が大幅に改善します。

結果:

  • 典型的なダニング=クルーガーパターン(低成績者が過大評価)は再現された
  • データを最もよく説明したのは「パフォーマンス依存推定」モデルだった
  • 低成績者は各問題の正誤を判断する能力が低いことを統計的に支持
  • これは原論文の「メタ認知の欠如」と整合する方向の知見

つまり、Jansenらの研究は「低パフォーマンス者は自分の正誤を判断できない」という意味で、ダニング=クルーガーの主張を大規模データで裏付けた形となります。

ヒューマン
ヒューマン

なんや?規模増やして実験したんか?

エコノ
エコノ

ざっくりいうとそうなんや。これでコーネルの学生だけやったって問題はクリアできるやろ?さらにその得られた膨大なデータを説明する数式を検討したんや。そうすると、統計的な回帰による引力よりも、能力による説明のほうがうまく説明できる、という結果やな。当初のダニング=クルーガー効果を大規模な試験で裏付けた形やな。

McIntoshらの挑戦(2022年)——メタ認知を直接測定してみた

原論文の最大の弱点は、メタ認知を独立して測定していないことでした。「低成績者はメタ認知が欠如している」と主張しながら、その「メタ認知」を直接測定していなかったのです。2022年、マッキントッシュらのチームがこの問題に切り込みました。彼らはマトリクス推論課題(知能テストでおなじみの図形パズル)を使い、メタ認知科学の標準的な手法でメタ認知を数値化して検証したのです。

彼らが測定した3つの要素:

指標意味
メタ認知感度(sensitivity)自分の正誤をどれだけ正確に判断できるか(メタ認知が利用できる情報量)
メタ認知効率(efficiency)利用可能な情報をどれだけうまく使えているか(メタ認知処理の質そのもの)
メタ認知バイアス(bias)全体的に自信過剰か過小か(正答・誤答に関係なく)

結果は驚くべきものでした:

  • 感度 → 低成績者は確かに低い。ただしこれは当然の話。正解がわからない人は、自分が正解したかもわからない
  • 効率 → 成績と無関係。これが二重の呪いへの反証となるのです。
  • バイアス → 低成績者は、個々の問題に対する確信度が全体的に低かった。これは「低成績者が自信過剰という俗説への反証となります。

さらに詳細に検討し、「成績 → 推定誤差」というルートと「メタ認知 → 推定誤差」というルート、どちらがダニング=クルーガー効果を生み出しているかを検証した結果、ダニング=クルーガー効果を引き起こしているのは圧倒的に「成績差」であり、メタ認知要因の寄与はほぼゼロか、むしろ逆方向だったということです。

彼らは最終的にこう結論づけています——「二重の呪い(dual-burden)仮説は反証された」と。

ヒューマン
ヒューマン

メタ認知能力関係なかったんか?じゃなかったなら何が原因だったんや?

エコノ
エコノ

すでに書いたけど、回帰現象で説明ができるって、この著者らはまとめておる。成績が低ければ上にしかズレないし、高ければ下にしかズレないってやつやな。平均値に向かって引っ張られる引力みたいなもんや。

両者のまとめ

両グループともダニング=クルーガー効果が再現されることは確認しています。しかしその主張の違いは以下のようにまとめられます。

研究者何を測定したか何を主張しているか
Jansen ら大規模データで数理モデルの適合度メタ認知の欠如がダニング=クルーガー効果の原因(支持)
McIntosh らメタ認知能力を直接測定(感度・効率・バイアス)メタ認知は原因ではない。回帰現象で説明可能(反証)
ヒューマン
ヒューマン

研究多すぎてわからなくなってきたで。結局ダニング=クルーガー効果はあるんか?

エコノ
エコノ

ダニング=クルーガー効果自体は堅牢に再現されんねん。その原因を両者で主張が異なるいうこやな。メタ認知関係なく回帰で説明できるというのがMcIntosh、メタ認知の欠如が主要因と主張するのがJansenということやな。


ダニング=クルーガー効果まとめ|正しく理解するために

今日のポイント

ダニング=クルーガー効果とは:

  • 能力が低い人ほど自分を過大評価する傾向(現象としくては堅牢に再現される)
  • 逆に、能力が高い人は過小評価しがち
  • 原因として「メタ認知の欠如」が提唱された

ただし、知っておくべきこと:

  • 「現象」は存在するが、「原因」は議論中(McIntosh:回帰、Jansen:メタ認知能力)
  • 「メタ認知の欠如」以外の説明(成績差そのもの、統計的回帰)も有力視されている
  • ネットで出回っている「バカの山」グラフは原典に存在しない

自省のための具体的アクション:

  1. 自分が詳しいと思う分野こそ、立ち止まり周囲の意見を聞く
  2. 「私はわかってる」と感じたとき、本当にそうかと内省をする
  3. 一番の活用法は、自分自身を振り返るきっかけにすること


参考文献

Kruger, J., & Dunning, D. (1999). Unskilled and Unaware of It: How Difficulties in Recognizing One’s Own Incompetence Lead to Inflated Self-Assessments. Journal of Personality and Social Psychology, 77(6), 1121–1134.

McIntosh, R. D., Fowler, E. A., Lyu, T., & Della Sala, S. (2019). Wise up: Clarifying the role of metacognition in the Dunning-Kruger effect. Journal of Experimental Psychology: General, 148(11), 1882–1897.

McIntosh, R. D., Moore, A. B., Liu, Y., & Della Sala, S. (2022). Skill and self-knowledge: empirical refutation of the dual-burden account of the Dunning–Kruger effect. Royal Society Open Science, 9, 191727.

Jansen, R. A., Rafferty, A. N., & Griffiths, T. L. (2021). A rational model of the Dunning–Kruger effect supports insensitivity to evidence in low performers. Nature Human Behaviour, 5(6), 756–763.

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