プロスペクト理論シリーズ目次
- プロスペクト理論を数式と原典からガチ解説
- 確率重み関数で読み解くプロスペクト理論
- 損失回避の損は得の2倍の出どころ
- 損失回避の境界線
- 参照点が変わると好みが変わる──リスクなし選択と損失回避 ←いまここ
導入:同じ選択肢なのに、答えが変わる不思議
あなたの目の前に、まったく同じ2つの選択肢が並んでいます。客観的には同じ。でも「どっちを選ぶ?」と聞かれたとき、あなたが今どこに立っているかで、答えがひっくり返る。
たとえば転職。「給料は高いが残業が多い仕事」と「給料は控えめだが定時で帰れる仕事」。どちらを選ぶかは、今の仕事がどうかで変わります。今の仕事が「給料は安いけど定時帰り」なら、自由時間が減ることが「損」に見える。今の仕事が「給料は高いけど毎日終電」なら、収入が減ることが「損」に見える。
選択肢はまったく同じ。変わったのは、あなたの「今」だけです。
このシリーズではこれまで、プロスペクト理論の価値関数とαβλ、確率重み関数とγδ、「損は得の2倍」の出どころ、そして損失回避の境界条件を追いかけてきました。しかしここまでの話は、すべてリスクのある選択(くじ、ギャンブル、確率つきの賭け)が舞台でした。
今回は、サイコロもくじもない「リスクなしの選択」でも損失回避と参照点が暴れることを示した、1991年の論文を読み解きます。読み解くのは以下の論文
Tversky, A., & Kahneman, D. (1991). Loss Aversion in Riskless Choice: A Reference-Dependent Model. The Quarterly Journal of Economics, 106(4), 1039–1061.
参照点依存モデルのキモ
- 参照点が変わると、同じ選択肢でも好みがひっくり返る──その実験的証拠
- 「リスクなし」の日常的な選択でも、損失回避は発動する
- 保有効果・現状維持バイアス・改善vsトレードオフ・利点vs欠点──4つの実験パターン
- 参照点は「現状」だけでなく、期待・願望・社会比較からも決まる
- 値上げへの反応、交渉の行き詰まり、公正さの判断──日常への応用
第1章 1991年論文の立ち位置:くじから日常へ
1-1. プロスペクト理論は「くじの理論」だった
本シリーズの本編記事で解説したように、プロスペクト理論は1979年に誕生し、1992年に累積プロスペクト理論(CPT)として精緻化されました。でも、どちらも扱っているのはリスクを伴う選択──「50%で1万円もらえるか、確実に5,000円もらえるか」みたいな賭けの話です。しかし私たちが日常で直面する選択の大半は、くじでも賭けでもありません。
確率が出てこない。サイコロも振らない。でも、こういう場面でも人間は「損した」「得した」と感じます。
たしかに。くじ引きの話は面白いけど、毎日の選択にくじなんか出てこんやん。転職とか引っ越しとかで「損か得か」を感じるメカニズムって、プロスペクト理論で説明できるんか?
そこを正面から扱いに行ったのが、1991年のこの論文なんや。タイトルが “Loss Aversion in Riskless Choice” やからな。「くじなしの世界でも損失回避は暴れるぞ」という宣言やね。
1-2. 三つの性質はそのまま持ち込まれた
1991年論文は、プロスペクト理論の価値関数が持つ三つの性質を、リスクなしの選択にそのまま拡張しています。
| 性質 | 内容 | 本シリーズでの既出 |
|---|---|---|
| 参照点依存(Reference Dependence) | 人は「最終状態」ではなく「参照点からの変化」で評価する | 本編 第4章、出どころ 第1章 |
| 損失回避(Loss Aversion) | 損失は同じ大きさの利得より重く感じる | 出どころ 全体、境界線 全体 |
| 感度逓減(Diminishing Sensitivity) | 参照点から遠ざかるほど、追加的な変化への感度が鈍る | 本編 第4章 |
つまり1979年→1992年の話を、日常選択の世界に「降ろしてきた」ってことか。
そういうこと。「参照点が違うと好みが逆転する」ことを、実験で体系的に示したんや。今回は参照点が主役やで。
第2章 参照点が変わると好みがひっくり返る──4つの実験
1991年論文のセクションIでは、参照点のシフトが選好を逆転させることを、4つのパターンで示しています。すべてに共通するのは、同じ2つの選択肢を、異なる参照点から評価させると、選ばれる方が変わるという構造です。
2-1. 実験a:即時保有効果(Instant Endowment)
これは前回の境界線記事でも出てきたマグカップ実験の原型です。Kahneman, Knetsch, & Thaler (1990) の実験を、1991年論文が参照点の枠組みで再解釈しています。
【実験の設定】
教室で、学生の3分の1の席の前にマグカップ(小売価格約5ドル)が置かれます。学生は着席後に、自分の席にマグがあるかないかを知ります。マグがあった人にはこう告げられる。「このマグカップはあなたのものです。持ち帰ってもいいし、売ってもいい。売るなら、いくらなら手放しますか?」。マグがなかった人には「マグか現金かを選べます。いくらなら現金を選びますか?」。
| グループ | 状況 | 質問 |
|---|---|---|
| 売り手(sellers) | マグをもらった | いくらなら売る? |
| 選択者(choosers) | マグをもらっていない | マグか現金かを選べるなら、いくらで釣り合う? |
【結果(同じ手続きを2回実施)】
| グループ | 1回目 | 2回目 |
|---|---|---|
| 売り手の中央値 | $7.12 | $7.00 |
| 選択者の中央値 | $3.12 | $3.50 |
どちらの回でも、売り手は約7ドル、選択者は約3ドル。同じマグなのに、評価額が2倍以上違う。売り手と選択者はまったく同じ決定問題に直面しています。「マグを持つか、お金を持つか」。違うのは参照点だけ。
ちょっと待って。「もらった瞬間」に参照点が変わるってこと? たかが数分前に渡されただけのマグやろ?
せや。論文では “apparently instantaneously” ──「どうやら瞬時に」──保有効果が発生すると書いてある。マグを受け取った瞬間、それが「自分のもの」として参照点に組み込まれて、手放すことが「損失」に変わるんや。
“The difference between these values reflects an endowment effect which is produced, apparently instantaneously, by giving an individual property rights over a consumption good.”
(この差は保有効果を反映しており、消費財に対する所有権を個人に与えることで、どうやら瞬時に生み出されるものである。)
——Tversky & Kahneman (1991), p.1041-1042
つまり保有効果は、「マグがもっと好きになった」のではなく、「手放す痛みが加わった」ことで生じている。入り口(得るとき)と出口(手放すとき)で、心理的な重みが非対称なのです。
2-2. 実験b:現状維持バイアス(Status Quo Bias)
次の実験は、Knetsch (1989) によるものです。シンプルだけど強烈。
【実験の設定】
- クラスAの学生:アンケートの報酬としてマグをもらう
- クラスBの学生:アンケートの報酬としてスイスチョコレートをもらう
- 両クラスとも、授業の最後に「もう一方の商品と交換できますよ」と告げられる
【結果】交換した人は、全体の約10%だけ。90%が最初にもらった商品をそのまま持ち帰った。
マグとチョコ、別にどっちが圧倒的にええって話やないのに、90%が動かへんの?
取引コストはほぼゼロや。カードを上げるだけで交換できる。それでも動かへん。ランダムに配っとるから、理論上は半分くらいが交換してもおかしくないのにな。
論文はSamuelson & Zeckhauser (1988) の研究も引いています。彼らは、仕事・車の色・投資・政策など幅広い意思決定で、同じ選択肢でも「現状」とラベルを貼られた選択肢が有意に多く選ばれることを示しました。
実際のフィールドデータとして、ハーバード大学職員の医療保険選択も挙げられています。新しい保険プランが導入されたとき、新入社員のほうが既存社員よりそのプランを選びやすい。既存社員は毎年プランを変更できるのに、変えない。
つまり「変えるコストが高い」んやなくて、「変えること自体が心理的に損に見える」ってことか。
まさに。論文もこう書いとる。
“Loss aversion implies the status quo bias.”
(損失回避は現状維持バイアスを含意する。)
——Tversky & Kahneman (1991), p.1044
ただし論文は公平を期して、現状維持バイアスには損失回避以外の原因もあると注記してます。考えるコスト、取引コスト、過去の選択へのコミットメント──これらも現状維持を後押しする。でも、それらを排除した実験でもバイアスが残るから、損失回避が主要因だと。
2-3. 実験c:改善 vs トレードオフ(Improvements versus Tradeoffs)
ここから先が、1991年論文のオリジナル実験です。90名の学部生が参加しました。
【実験の設定】
被験者は「抽選で当たったギフトパッケージを、別の選択肢と交換できる」と告げられます。
交換先として提示された選択肢は両群とも同じ。
| 選択肢 | 内容 |
|---|---|
| 強化ディナー | レストランのディナー2回 |
| 強化写真 | プロ撮影写真(8×10)1枚 + 5×7を2枚 + ウォレットサイズを3枚 |
【仕掛けの構造】
【結果】
元のギフトを維持した10名を除くと:
| 群 | 強化ディナーを選んだ割合 |
|---|---|
| ディナー群(参照=ディナー1回) | 81% |
| 写真群(参照=写真1枚) | 52% |
同じ選択肢やのに、参照点が変わるだけで81%と52%まで差がつくんか。
ディナー群からすると、強化ディナーはディナーの改善だけやから損がない。でも強化写真にはディナーを手放す「損失」が含まれる。だから強化ディナーが圧倒的に選ばれる。写真群では逆の構造になる。参照点がどこにあるかで、同じ選択肢が「改善」にも「トレードオフ」にも見える。
2-4. 実験d:利点 vs 欠点(Advantages vs Disadvantages)
最後の実験は、同じ差異でも「利点の差」として見えるか「欠点の差」として見えるかで重みが変わることを示します。106名の学生が参加。
【実験の設定】
被験者は「研修の仕事が終わり、新しい仕事を探している」と告げられます。違いは「人との関わり」と「通勤時間」の2軸。現在の仕事(参照点)だけがバージョン間で変わり、転職先の候補はまったく同じです。
【現状(参照点)】
| 人との関わり | 通勤時間 | |
|---|---|---|
| バージョン1の現職 | 長時間孤立 | 10分 |
| バージョン2の現職 | とても楽しい環境 | 80分 |
【転職先(両バージョン共通)】
| 人との関わり | 通勤時間 | |
|---|---|---|
| 仕事x | 少しだけ | 20分 |
| 仕事y | それなりにあり | 60分 |
【結果】
| バージョン | 仕事xの選択率 |
|---|---|
| 1(現職:孤立・通勤10分) | 70% |
| 2(現職:楽しい環境・通勤80分) | 33% |
70%と33%!? 同じxとyなのに、現職が変わっただけでここまで逆転するんか。
せやねん。バージョン1では、xもyも現職より人との関わりが改善するから、その差は利点同士の比較や。一方、通勤はどちらも悪化するから、「10分→20分 vs 10分→60分」っていう欠点同士の比較になる。損失回避のせいで40分の差が重く効いて、xが圧倒的に選ばれる。
バージョン2では逆になるってこと?
そう。バージョン2では人との関わりがどちらも悪化、通勤はどちらも改善。通勤の差が「80分→20分 vs 80分→60分」という利点同士の比較に変わるから、差のインパクトが弱まる。今度は人との関わりの差が欠点として効いてくるから、yが選ばれやすくなるわけや。
損失回避が予測するのは、「同じ差であっても、欠点(損失)として評価されるときの方が、利点(利得)として評価されるときよりインパクトが大きい」ということ。その予測通りの結果です。
2-5. 第2章のまとめ「参照点シフト→選好逆転」
すべてに共通する構造は一つ。参照点が変わると、同じ差異が「利得」になったり「損失」になったりする。そして損失はいつも利得より重い。
第3章 参照点は「現状」だけではない──期待・願望・社会比較
3-1. 現状が参照点になる……とは限らない
ここまでの実験では、「今持っているもの」「今の仕事」が自然に参照点になっていました。でも1991年論文は、参照点の決定因はもっと複雑だと述べています。
“Although the reference state usually corresponds to the decision maker’s current position, it can also be influenced by aspirations, expectations, norms, and social comparisons.”
(参照状態は通常、意思決定者の現在の位置に対応するが、願望、期待、規範、社会比較によっても影響を受けうる。)
——Tversky & Kahneman (1991), p.1046–1047
つまり、参照点の候補は少なくとも4つ。
| 参照点の種類 | 例 |
|---|---|
| 現状(status quo) | 今の給料、今の住所、今持っているモノ |
| 期待(expectations) | 「今月の手取りは25万円のはず」 |
| 願望(aspirations) | 「年収1,000万円は欲しい」 |
| 社会比較(social comparisons) | 「同期のあいつは昇進したのに」 |
期待が参照点になるって、どういうこと? 具体的にイメージ湧かんのやけど。
たとえばボーナス。「例年通り3ヶ月分は出るだろう」と思ってたのに2ヶ月分だったとする。銀行口座は増えとる。客観的には利得や。でも心の中では「−1ヶ月分の損失」としてコード化される。期待が参照点になってるからやな。
あー、「思ってたより少ない」が「損失」になるってことか。減ってないのに。
逆もある。「今年はボーナスゼロかも」と覚悟してたのに1ヶ月分出たら、「+1ヶ月分の利得」に感じる。実際には去年より減ってても、期待が低かったから得に見える。
これは出どころ記事の第1章で紹介した1979年論文のCoding原則とつながります。1979年論文でも、期待や願望が参照点になるケースが議論されていました。1991年論文はそれをリスクなしの消費者選択の文脈で再確認しているわけです。
3-2. 社会比較──隣の芝が参照点になるとき
社会比較が参照点になるケースは、日常でも頻繁に起こります。
客観的には何も変わっていません。変わったのは参照点だけ。
「隣の芝生は青い」って、文字通り参照点の話やったんやな……。隣の家を見た瞬間、自分の参照点が動いてしまう。
そういうこと。ただし論文は「なぜそこが参照点になるのか」までは踏み込んでへん。現状・期待・願望・社会比較──候補は挙げるけど、どの条件で何が参照点になるかの予測モデルはまだない。ここは今も研究が進んでる領域やな。
第4章 日常経済に効いてくる参照点──値上げ・交渉・公正さ
論文のセクションIIIでは、損失回避と参照点依存が経済行動に及ぼす含意が幅広く議論されています。ここでは特に面白い3つを取り上げます。(WTA/WTPギャップについては前回の境界線記事で詳しく扱ったので、ここでは割愛します。)
4-1. 値上げには敏感、値下げには鈍感
論文はPutler (1988) の研究を引いて、卵の小売価格データを紹介しています。分析の問いはシンプルで、「価格が上がったとき、消費者はどれくらい買い控えるか? 逆に下がったとき、どれくらい買い増すか?」というもの。
結果はこうでした。値上げのとき消費者が買い控える度合いは、値下げで買い増す度合いの2倍以上。消費者は、これまでの価格(参照価格)からの上昇(損失)には強く反応するが、下落(利得)にはさほど動かない。
値上げには「高い! 買わん!」ってなるけど、値下げしても「ふーん」くらいしか思わへんってことか。
そういうこっちゃ。「いつもの値段」が参照価格になるから、そこから上がると「損」で強く反応する。下がっても「得」の感度が鈍いから、そこまで動かへんねん。
4-2. 交渉の行き詰まり:譲歩が「損」に見える問題
損失回避は交渉にも直撃します。
“There is a natural asymmetry between the evaluations of the concessions that one makes and the concessions offered by the other party; the latter are normally evaluated as gains, whereas the former are evaluated as losses.”
(自分がする譲歩と、相手が提示する譲歩の評価には自然な非対称性がある。相手の譲歩は通常、利得として評価されるが、自分の譲歩は損失として評価される。)
——Tversky & Kahneman (1991), p.1056
「こっちが100万円譲ったのに、向こうは50万円しか譲らない」と感じるのは、自分の100万円を「損失」として、相手の50万円を「利得」として評価しているから。客観的には同じ金額の譲歩でも、「あげた痛み」は「もらった嬉しさ」より大きい。その結果、合意可能な範囲(region of agreement)が縮小する。
交渉が揉めるのって、「お互い自分の譲歩を過大評価して、相手の譲歩を過小評価してる」から……ってこと?
そういうことや。お互いが「こっちばっかり損してる」と感じるから、まとまる話もまとまらんくなるわけや。
4-3. 公正さの判断と賃金の硬直性
Kahneman, Knetsch, & Thaler (1986) の公正さ研究が引用されています。
つまり「損を押しつけるのはアウト」やけど「得を分けないのはセーフ」ってこと? なんか不思議やな。
まさに損失回避やな。経済学的には同じ金額なら等価やけど、人の感覚は「奪われた」と「もらえなかった」をまったく別モンとして扱うんや。
4-4. 第4章のまとめ|参照点が経済を歪める3つの経路
まとめ:参照点が変わると、世界の見え方が変わる
【1991年論文の位置づけ】
- プロスペクト理論の三性質(参照点依存・損失回避・感度逓減)を、リスクなしの消費者選択に拡張した
- 「くじの理論」から「日常の選択の理論」への重要なブリッジ
【4つの実験が示したこと】
- 即時保有効果:マグを持った瞬間に参照点が変わる
- 現状維持バイアス:90%が交換しない。
- 改善 vs トレードオフ:損失を含む選択肢は嫌われる
- 利点 vs 欠点:損失として評価される差は重くなる
【参照点の決定因】
- 現状が最も一般的だが、期待・願望・社会比較も参照点になりうる
- 参照点の決定プロセスそのものは未解決問題
【日常経済への含意】
- 値上げへの反応は値下げの2倍以上
- 交渉では自分の譲歩が「損失」、相手の譲歩が「利得」に見える
- 公正さの判断は「損失 vs 逸失利得」で非対称
同じ選択肢、同じ金額、同じ条件——客観的には何も変わっていないのに、「今どこに立っているか」が変わるだけで好みがひっくり返る。1991年論文が示したのは、この現象がくじやギャンブルの世界に限らず、転職・買い物・交渉・値上げへの反応といった日常のあらゆる選択で起きているということでした。
執筆後記
私はiPhone 5からずっとiPhoneを使っています。5→8→12→17 Pro Maxって感じです。機種変更のたびに画面は大きくなっていったはずで、そのたびに「デッカ!」と言っていたはずなのに、今やPro Maxの6.9インチがデフォルトです。5のサイズに戻れと言われたら、たぶん「小さすぎて無理」と感じる。──参照点が動いたのです。
これは「生活レベルを上げると落とせない」という話とまったく同じ構造です。広い家、大きい画面、良い席の飛行機──一度上げた基準は、そのまま「当たり前」になり、そこから下がることが「損失」になる。だからこそ、「参照点を上げすぎない」という意識が大事なのですね。上げた参照点は、未来の自分を縛る錘になる。その錘の存在を知っているだけでも、「上げるかどうか」を一拍置いて考える余地が生まれます。
そしてやっかいなことに、参照点は自分の中だけで動くとは限らない。第3章で触れた「社会比較」がまさにそれで、隣の芝が青く見えた瞬間、自分の芝の評価が下がるわけです。「客観的には何も変わっていないのに」です。SNSのタイムラインはこの装置として優秀すぎる。そしてよくあるマウント合戦は、相手の参照点を揺さぶりにいく行為だとも言える。「こっちの芝はもっと青いぞ」と見せつけることで、相手の現状を「損失」に変えてしまう。参照点の動かし合い、と言ってもいい。
これはまったく別の領域だけど、トマセロの「ラチェット効果」を思い出しました。文化や技術は一度積み上がると後戻りしない、というやつです。一方向にしか回らない歯車と、上がった参照点が戻らない感覚は、どこか似ています。もちろんメカニズムは別物だし、参照点は適応によって実際には動きうる。でも「簡単には戻れない」という体感の構造は、個人の心にも文化の歴史にも、同じ形で宿っているように思えてならないのです。
参考文献
- Tversky, A., & Kahneman, D. (1991). Loss Aversion in Riskless Choice: A Reference-Dependent Model. The Quarterly Journal of Economics, 106(4), 1039–1061.
本文中で言及した他の論文(Kahneman, Knetsch, & Thaler 1990; Knetsch 1989; Samuelson & Zeckhauser 1988; Kahneman, Knetsch, & Thaler 1986; Putler 1988 など)は、すべて上記論文のリファレンスに収録されています。



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