マシュマロ神話は死んだ。でも自己制御は死なない──Moffitt/Duckworth/Benjaminで再構築

用語解説
この記事でわかること

  • 「マシュマロ一発で人生が占える」という神話が、なぜ測定として無理があるのか
  • Moffittの縦断研究が示す「多面的・持続的に測った自己制御」と人生アウトカムの関係
  • Duckworthが「遅延課題は何の混合物か」を分解して見せた研究の中身
  • Benjaminらが突きつけた「マシュマロ単体 vs ライフコース全体の自己制御」の予測力の差
  • 結論:人間そんな単純じゃない──単発神話を壊して、見方をアップデートする


導入:マシュマロ神話は死んだ。じゃあ「自己制御」も死んだのか?

このシリーズでは、ここまで「マシュマロテスト神話」を少しずつ解体してきました。第1回・第2回で見たように、そもそもミシェルのマシュマロテストは「意志力の強い子を見つける占いツール」ではなかった。本当の発見は、「注意の向け方や戦略によって、我慢のしやすさは変わる」という認知的なメカニズムでした。

第2回のKidd(2013)では、「信頼できない大人」を経験した子どもは、マシュマロを待たずにすぐ食べた。これは「我慢できない子」ではなく、「約束が守られない環境では、今もらうほうが合理的」という賢い適応でした。

そして第3回のWatts(2018)。家庭の収入、親の学歴、子どもの認知能力をきちんと統計に入れると、マシュマロの「待ち時間」が将来の学力を予測する力は、かなり小さくなった。「マシュマロ一発で人生が占える」という神話は、ここでだいぶしぼんだわけです。

──じゃあ、「我慢する力」とか「自己制御」なんて、どうでもいいってこと?

……いや、そう単純でもないんです。別の研究者たちは「自己制御」をもっと広く・多面的に測りにいって、逆に強いエビデンスを積み上げてきたのです。今回は、その「もう一つの流れ」を見ていきます。Moffitt、Duckworth、Benjaminという3つの研究グループが、それぞれ違う角度から描いた「自己制御の地図」です。


Moffitt:多面的・持続的に測ると、自己制御は人生に効いている

マシュマロなしで「多面的に測る」を実践:Dunedinコホート1,000人×30年

まずは、ニュージーランドの「ダニーデン研究」を見てみましょう。Moffitt et al.(2011)の論文です。

この研究は、縦断研究(longitudinal study)──同じ人たちを何十年も追いかけて、子どもの頃の特徴と大人になってからの結果の関係を調べる研究です。1000人規模を30年追いかける。正気の沙汰かと当初思いました。世界的にみても類まれな研究のようです。

  • ニュージーランドのダニーデンで1972〜73年に生まれた約1,000人を追跡
  • 3歳、5歳、7歳、9歳、11歳と、何度も観察・評価を行い、「自己制御」を測定
  • 測定方法は、観察者の評価、先生・親からのレポート、本人への質問など、複数の情報源を組み合わせた複合指標
  • 32歳時点で、健康状態、所得、借金、犯罪歴などを調査

追跡率は96%。ほとんどの参加者が、30年以上の追跡に協力し続けました。

幼少期の自己制御が、32歳時点の健康・富・犯罪を予測した

結論から言います。

幼少期に「自己制御」が高かった子どもは、32歳になったとき、健康状態が良く、所得が高く、犯罪歴が少なかったのです。しかも、この関係は家庭の収入や親の学歴、子どものIQを統計的に調整しても、残っていたのです。ここが、第3回で見たWattsとの大きな違いです。

Wattsも同じようにSES(Socioeconomic Status,社会経済的地位)や認知能力を統制しました。でも、Wattsの場合は予測力がしぼんだ。Moffittの場合は残った。なぜか。測り方が違うからです。

Wattsは「4歳のある日のマシュマロ待ち時間」という単発の指標を使った。Moffittは「3歳から11歳まで、何年もかけて、複数の人が評価した自己制御の複合指標」を使った。

つまり、「裕福な家の子だから」「もともと頭がいいから」だけでは説明しきれない、自己制御そのものの「効き目」が見えたわけです。ただし、それは「多面的に測った場合」の話。単発のマシュマロでは見えなかった効果が、測り方を変えると見えてくる──これが大事なポイントです。では、具体的にどのくらいの差があったのか? そして、その差はどんなふうに現れていたのか?

「高い/低い」ではなく、”勾配(gradient)”として効いている

Moffittたちの分析で強調されたのは、「勾配(gradient)」という考え方でした。自己制御は、「ある/ない」の二択ではありません。とても高い人、やや高い人、ふつうの人、やや低い人、とても低い人……と、なだらかに分布しています。そして、その勾配に沿って、32歳時点のアウトカムも少しずつ変わっていたのです。

コホートを自己制御の値に応じて5分割すると、最低群と最高群の差は歴然でした。犯罪の有罪判決率は43% vs 13%、ひとり親での子育ては58% vs 26%、年収が低い割合は32% vs 10%、複数の健康問題を抱える割合は27% vs 11%──どの指標でも、自己制御が1段上がるごとにアウトカムが良くなる「上り坂」が見えたのです。

大事なのは、「勾配(gradient)」という言葉の意味です。自己制御は「ある/ない」の二択ではなく、高ければ高いほど人生の質が上がっていく「上り坂の斜面」のようなもの──それがMoffittたちの発見でした。分布のどの位置にいても、自己制御が一段上がれば、アウトカムも一段良くなる。平均以上の子でも、さらに上がればさらに良くなる余地がある。

ヒューマン
ヒューマン

この人たち、1000人近くを30年追いかけて、しかも家庭環境とか認知能力を調整してもまだ効いてるん?それはびっくりやな。

エコノ
エコノ

そやねん。Wattsのときは「マシュマロの予測力、環境入れたら消えたやん」やったやろ? でもMoffittは消えへんかった。

ヒューマン
ヒューマン

なんでそんな違いが出るんやろな?

エコノ
エコノ

測り方が全然ちゃうからな。Wattsは「4歳のある日、マシュマロを数分間待てたかどうか」っていうスナップショット。Moffittは「自制心を3歳から11歳まで、何回も、いろんな人が見て」っていうタイムラプス。

ヒューマン
ヒューマン

あー、写真1枚と動画の違いか。

エコノ
エコノ

そう。1枚の写真やと「たまたまその日機嫌悪かった」とかがノイズになるやん。でも何年も撮り続けたら、ほんまの傾向が浮かび上がる。Moffittが捕えたんは、そっちの「ほんまの傾向」やったんやな。


注意:「地図」は「原因」とは限らない

ここで、一つ大事な留保を入れておきます。Moffittの研究は、「自己制御が高い子は、大人になってからもいろんな指標で良い結果が出やすい」という関係を示しました。でも、この「関係がある」は、「自己制御が原因で人生がうまくいく」を証明しているわけではありません。縦断研究はあくまで観察研究です。「Aが高い人は、のちにBも高い傾向がある」という相関を、長い時間軸で追いかけているに過ぎない。

もしかすると、自己制御と人生アウトカムの両方に効いている「第三の変数」があるかもしれません。たとえば、遺伝的な気質、家庭環境の安定性、親のメンタルヘルスなど。Moffittたちは、家庭のSESやIQを統計的にコントロールしていますが、それで「すべての交絡要因を除去した」とは言えません。測っていない変数は、調整しようがないからです。

Wattsはマシュマロの魔法を剥がした。Moffittは人生に効く変数の束を地図にした。でも、地図は「原因」とは限らない。この留保は、常に頭の片隅に置いておく必要があります。

【この研究のまとめ:Moffitt(2011)】
自己制御を“単発”じゃなく、幼少期から複数回・複数情報源で測ると、健康・富・犯罪などに勾配(グラデーション)で効いてくる。マシュマロの弱さは「自己制御が無意味」じゃなく「測り方が粗い」問題。


Duckworth:Moffittの「自己制御」をマシュマロとつなぐ

マシュマロタスクは、結局なにを測っているのか?

Moffittの研究で、「自己制御を多面的に測れば人生に効く」ことはわかりました。では、マシュマロテストは、この「自己制御」を測っているのでしょうか?ペンシルベニア大学のAngela Duckworthは、「マシュマロテストは結局なにを測っているのか?」という問いを、正面から検証しました(Duckworth et al., 2013)。

この研究では、Wattsたちと同じNICHD-SECCYDコホートから966人の子どもを追跡しました。

【4歳時点で測定したもの】

  • マシュマロ型の遅延課題(最大7分待てるか)
  • 親・養育者による自己制御評価(effortful control:注意の集中・衝動の抑制)
  • IQ
  • 報酬への反応性(おやつへの「欲しさ」の強さ)

【15歳時点で測定したもの(アウトカム)】

  • 通知表の成績(GPA)
  • 標準化された学力テストのスコア
  • BMI
  • リスク行動

そして、4歳で測った遅延課題の成績が、15歳のアウトカムとどう関係しているかを調べたのです。

まず素の相関:4歳の遅延課題は、15歳の何と関係していたか?

まずは、シンプルな相関から見てみましょう。Duckworthたちは、4歳の遅延課題が15歳のアウトカムをどのくらい予測するかを分析しました。結果、すべての項目で有意な関係が出ていました(p < .001)。

  • 通知表の成績(GPA):待てた子ほど有意に高い
  • 標準化された学力テストのスコア:待てた子ほど有意に高い
  • BMI:待てた子ほど有意に低い
  • リスク行動:待てた子ほど有意に少ない

つまり、待てた子ほど成績が良く、テストの点が高く、太りにくく、問題行動が少ない──という関係が見えます。つまり、「マシュマロを待てた子は、15歳児にいろいろうまくいっている」という素の関係は、この研究でも確認されたわけです。でも、ここで終わったらWattsと同じ話で終わってしまう。Duckworthたちの問いは、「その相関は、どこを経由しているのか?」でした。

SEMで分解:相関の「中身」を見てみる

次にDuckworthたちは、構造方程式モデル(SEM)という統計手法を使って、「遅延課題 → 将来のアウトカム」という関係が、どこを経由しているかを分解しました。

これ、バスケットボールの試合で「誰がゴールを決めたか」ではなく、「誰がパスを出して、誰が中継して、誰がシュートを打ったか」を追いかけるイメージです。マシュマロ → 自己制御 → 成績、という経路図を描いて、「予測力がどのルートを通っているか」を分解したわけです。

15歳のアウトカム自己制御経由(β)IQ経由(β)
通知表の成績(GPA).31(p < .001).10(n.s.)
標準化された学力テストのスコア.21(p < .01).48(p < .001)
BMI−.26(p < .01).15(p < .05)
リスク行動−.13(p < .10).06(n.s.)

※ β(ベータ)は標準化係数。「マシュマロで待てたこと」が、それぞれの経路(自己制御 or IQ)を通じてアウトカムにどの程度影響したかを示す。正の値は「待てた子ほど高い」、負の値は「待てた子ほど低い」ことを意味する。n.s. = 統計的に有意でない。

【SEMの限界:相関構造であって因果ではない】
ここで使われているSEM(構造方程式モデリング)は、「因果を確定する」手法ではありません。あくまで、データに整合する相関構造(経路)の当てはまりを比較しているだけです。「マシュマロ → 自己制御 → 成績」という経路が統計的に支持されたとしても、それは「このモデルがデータとよく合う」というだけであって、「マシュマロが自己制御を引き起こし、自己制御が成績を引き起こす」という因果関係を証明したわけではありません。因果を示すには、別途、介入研究やランダム化比較試験(RCT)などが必要です。SEMは「仮説と整合するパターンを見つける道具」であって、「因果の証明装置」ではない――この点は、常に頭に置いておく必要があります。

パターンは明確でした。通知表の成績(GPA)やBMI・リスク行動など、「日々の行動の積み重ね」が反映されるアウトカムには、自己制御経由が強く効いている。一方、標準化された学力テストのスコアのように「その場で問題を解く力」が試される場面では、IQ経由のほうが支配的になる。

つまり、マシュマロで待てたことが将来につながるのは、「我慢強い子だったから」でも「お菓子への欲求が弱かったから」でもなく、「自己制御というスキルが背後にあったから」だということ。わりと納得しやすい結果です。

Duckworthたちの研究でも、マシュマロ単体の予測力は小さく、より広い自己制御指標(親・先生の評価を組み合わせたもの)のほうがずっと強く予測していました。つまり、「マシュマロテストは自己制御を測っている」のは確かだけど、それだけでは不十分。多面的に測ったほうがいい、ということです。

ヒューマン
ヒューマン

え、ちょっと待って。これ、「4歳で待てた子は15歳で成績いい」って、そのまんまやん。

エコノ
エコノ

そう。素の相関だけ見たら、ShodaやWattsのときに出てた「マシュマロ → 学力」の相関と似たような結果やねん。

ヒューマン
ヒューマン

それやったら、Duckworthは何がすごいん?

エコノ
エコノ

Duckworthの仕事は、その「相関の中身」を分解したとこやねん。バスケで言うたら、「誰がゴール決めた」で終わらずに、「誰がパス出して、誰がアシストしたか」まで追いかけた。

ヒューマン
ヒューマン

なるほど。「マシュマロ待てた → 成績いい」の間に、何がはさまってるか見たってことか。

エコノ
エコノ

そうそう。結果、マシュマロから「自己制御」にパスが出て、自己制御が「成績」にシュート決めてた。ゴールだけ見てたらわからんかった「アシストの重要性」が、ちゃんと数字で見えた。それがDuckworthの仕事や。


補足:DuckworthとWattsは同じコホートを使っている

ここで、ちょっと気づいた人もいるかもしれません。

「あれ、Wattsの研究(第3回で紹介)とDuckworthの研究、どっちもNICHD-SECCYDという同じコホートを使ってない?」その通りです。両者はまったく同じアメリカの大規模縦断データを分析しています。

でも、結論が違う。Wattsは「マシュマロの予測力は小さい」と言い、Duckworthは「遅延課題は自己制御を測っている」と言う。これ、矛盾しているように見えますよね? でも、実は矛盾ではありません。問いが違うのです。

研究者問いやったこと
Wattsマシュマロテストの予測力はどこから来るのか?家庭環境・認知能力を統制して「予測力の解体」
Duckworthマシュマロテストは何を測っているのか?IQ・報酬欲求・自己制御を分離して「構成概念の再設計」

Wattsは「この予測力、本当にマシュマロ自体の力なの? 環境や能力のせいじゃないの?」と問い、統制変数を入れて予測力を解体した。Duckworthは「このテストが測っているもの、IQなの?それとも自己制御なの?」と問い、構成概念を再設計した。同じデータを使っても、問いが違えば、見えるものが違う。これが科学の面白いところです。

ヒューマン
ヒューマン

ほな、結局どっちが正しいん? WattsとDuckworth。

エコノ
エコノ

どっちも正しいねん。100メートル走に例えてみるで?Wattsは「この子のタイムが速いの、練習環境が恵まれてるからちゃう?」と疑った。で、環境を揃えて、「純粋な脚力」の寄与度を測ろうとした。Duckworthは「そのタイムの速さ、筋力(IQ)のおかげなん? それとも神経系の発達(自己制御)のおかげなん?」と問うた。タイムの「中身」を分析したんや。

ヒューマン
ヒューマン

あー、同じタイム見ても、「それは練習環境のおかげや」と「それは筋力のおかげや」は別の問いか。

エコノ
エコノ

そうそう。だから「マシュマロ研究は○○と結論が出た!」みたいな単純な話やないねん。どんな問いを立てて、どんな角度から見たかによって、答えは変わる。それを知っとくのが、科学リテラシーってやつやな。

【この研究のまとめ:Duckworth(2013)】
遅延課題が将来に効くとして、その中身が「IQ」か「自己制御」かをSEMで分解した。結果、通知表GPAやBMIみたいな“日々の積み上げ系”は自己制御経由が太く、標準化テストはIQ経由が強い。


Benjamin:マシュマロ単体 vs ライフコース全体の自己制御

ミシェルの実験に参加した子どもたちの「その後」

Benjamin et al.(2020)の研究は、マシュマロテストの「その後」を追いかけた、とても興味深い研究です。対象は、ミシェルが1960年代後半〜70年代に実験した、あの子どもたちでした。スタンフォード大学の付属幼稚園に通っていた当時の幼児たちが、40代後半になった頃に追跡調査を受けたのです。調べたのは、「資本形成(capital formation)」──学歴、所得、資産、健康状態といった、中年期の「人生の土台」に関わる指標です。

マシュマロ単体では、ほとんど当たらない

結果は、予想どおりでした。幼児期のマシュマロ待ち時間「単体」で見ると、中年期の資産・所得・学歴・健康などをほとんど予測できなかったのです。相関係数(関係の強さを示す数字)は、平均で0.02程度。ほぼゼロと言っていい。マシュマロ一発神話は、やっぱり盛られていた。

でも、ライフコース全体の自己制御は、そこそこ当たる

しかし、Benjaminらの研究には続きがあります。

幼児期だけでなく、17歳、27歳、37歳といった複数のタイミングで測った自己制御の指標を、まとめて一つの「コンポジット(複合指標)」にしてみた場合はどうか? つまり、「人生を通じた自己制御の総合点」のようなものです。

すると、中年期の資本形成と、そこそこはっきりした関係が出ていたのです。相関係数は平均で0.19程度。マシュマロ単体の約10倍です

さらに面白いのは、このコンポジットにマシュマロの待ち時間を入れても入れなくても、予測力がほとんど変わらなかったこと。つまり、マシュマロは自己制御コンポジットに何も足していなかったのです。

「マシュマロ一発では当たらないけれど、ライフコース全体で積み重なった自己制御の”総合点”には、ちゃんと意味がある」これが、Benjamin らの研究が教えてくれることです。

ただし、この研究には大きな限界がある

ここで正直に言っておくと、Benjamin研究にはかなり大きな留保がつきます。まず、サンプルサイズが113人と小さい。これは、もともとスタンフォード大学の付属幼稚園に通っていた子どもたち(親が大学関連の職業のことが多い)を追跡した研究だから、仕方ない面もあります。

そして何より、調査に回答した113人のうち、97%が4年制大学卒という超エリート集団です。アメリカの一般人口とは、かけ離れた構成です。「マシュマロ単体では当たらない」「ライフコース全体のコンポジットは当たる」という結論は、このエリート集団の中での話であることを忘れてはいけません。

それでも一般化できるかもしれない理由:ダニーデンとの一致

では、この結果は「スタンフォードのエリートだけの話」で終わるのでしょうか?

Benjaminらは、この一般化の問題に対して、先ほど紹介したMoffittのダニーデン研究との比較で答えようとしています。ダニーデンは、ニュージーランドの小都市で1972〜73年に生まれた約1,000人を追跡した研究でした。こちらは大卒が29%と、Bingコホートとは真逆の社会経済的背景を持っています。にもかかわらず、自己制御と中年期アウトカムの関係は、両研究でよく似ていたのです。

指標Bing(Benjamin)Dunedin(Moffitt)
所得との関係自己制御1SD↑ → 所得0.32SD↑自己制御1SD↑ → 所得0.24SD↑
クレジットカード問題自己制御1SD↑ → 問題0.18SD↓自己制御1SD↑ → 問題0.12SD↓
お金の管理自己制御1SD↑ → 健全性0.24SD↑自己制御1SD↑ → 困難0.14SD↓

【標準偏差(SD)って何?】
標準偏差は、データのばらつきを示す指標です。簡単に言うと、「みんなどれくらい平均から離れているか」を表す数字です。
「1SD↑」の意味:例えば「自己制御が1SD高い人は、所得が0.32SD高い」というのは、「自己制御が平均より1段階高い人は、所得も平均より0.32段階高い傾向がある」という意味です。
イメージで言うと:
テストの点数で考えてみましょう。平均点が60点、標準偏差が10点だとすると、「1SD高い」というのは70点くらい、「2SD高い」というのは80点くらい、という感じです。
統計学では、この「SD」という共通の物差しを使うことで、所得・健康・学力など、単位がバラバラなものを同じ土俵で比較できるようになります。

「社会経済的な文脈がまったく違うのに、自己制御の予測力は驚くほど一致していた」─Benjaminらはそう結論づけています。つまり、超エリート集団だけの話ではなく、一般化できる可能性がある、ということを、別のコホート比較することで示したわけです。ただしこれは「可能性」であって、「証明」ではありません。この限界は、常に頭に置いておく必要があります。

ヒューマン
ヒューマン

ちょっと待って。この研究、幼稚園から40代まで追いかけて、「財布の中身どうなった?」「健康診断どうやった?」って聞いてるわけやろ? すごい執念やな。

エコノ
エコノ

ほんまやな。50年近く追いかけてる。で、大事なポイントは、Moffittと同じように複数回・複数の情報源で自己制御を測ったら、ちゃんと予測するってとこや。

ヒューマン
ヒューマン

あー、Moffittは3歳から11歳まで何回も測って、Benjaminは17歳、27歳、37歳で測って。どっちも「繰り返し測る」がキモなんやな。

エコノ
エコノ

そうそう。逆に言うと、4歳の一発測定より、大人になってからの複数回測定のほうが中年期の財布を予測する──冷静に考えたら当たり前やんな?

ヒューマン
ヒューマン

そらそうやわ。4歳の数分間より、17歳・27歳・37歳の積み重ねのほうが「その人らしさ」出るもんな。

エコノ
エコノ

せやねん。マシュマロ神話が「一発で人生占える」みたいに盛られてたのは、そもそもこの当たり前の感覚を無視してたからや、ってことやな。

【この研究のまとめ:Benjamin(2020)】
幼児期マシュマロ単体では中年期の資本形成(学歴・所得・資産など)をほぼ予測できない。けど人生の複数時点で測った自己制御を合成するとそこそこ当たり、マシュマロを足しても上乗せはほぼない。


結論:人間そんな単純じゃねーよ?

「測り方」の進化を、一枚の地図にしてみる

今回紹介した研究者たちの結論を、整理してみましょう。

研究者結論
Wattsマシュマロ単発だと、背景を揃えれば予測力はほぼ消える
Moffitt複数年・複数情報源で測ると、勾配で効いてくる
Duckworth遅延課題の「中身」を分解すると、自己制御経由が見える
Benjaminマシュマロ単体は弱いが、ライフコース全体なら効く

つまり、測り方を広げるほど、自己制御の「効き目」が見えてくる──これが、このシリーズの地図です。それぞれが、自己制御の違う側面を見ているのです。

壊すべきは「マシュマロ神話」、守るべきは「自己制御の重要性」

ここから見えてくるのは、こういうことです。

【壊すべきもの】

  • 「マシュマロ一発で人生が占える」という単純な物語
  • 「4歳のテストでこの子の将来がわかる」というレッテル貼り
  • 「意志力は生まれつき決まっている」という根性論

【守るべきもの】

  • 広い意味での自己制御(コツコツ力・感情のコントロール・先送りしない習慣など)が、学業・健康・お金・対人関係に「そこそこ強く」影響しているというエビデンス
  • その効果が、複数の国・複数の方法で繰り返し確認されているという事実
  • 自己制御は「環境」と「スキル」の両面から支えられるという見方

「人間そんな単純じゃねーよ?」

たまたま連れてこられた赤の他人に15分そこらで試されて、そんな一発勝負で人の人生占えるほど、世の中甘くない。……ただし。「一発占い」が無理なだけで、自己制御が人生に関係ないわけじゃない。“測り方を変えた自己制御”は、ちゃんと効いてくる

日常の小さな自己制御の積み重ねが、長い時間をかけて人生に影響していくのも、また事実。単発神話を壊して、見方をアップデートする。それが、今回のメッセージです。

本記事のまとめ:自己制御の新しい地図

・マシュマロ一発(点)の弱さは、「能力が無意味」ではなく「測り方の粗さ」の問題

・Moffitt:3歳〜11歳まで多面的(線)に測ると、健康・富・安全に「勾配」で効いてくる

・Duckworth:マシュマロ待ち時間は「IQ」と「自己制御」の混合物であることを解明

・Benjamin:4歳の単発測定より「ライフコース全体の総合点」こそが将来の土台を予測する

・結論:壊すべきは「一発勝負の神話」。守るべきは「日常の積み重ね」という本質


シリーズと次回予告:

このシリーズの流れを、ここで整理しておきましょう。

  • 第1〜2回:マシュマロ神話のタネを見た。ミシェルの本当の発見、Kiddの「信頼」実験
  • 第3回:Wattsの大規模追試で、マシュマロ一発の学力における占い力がしぼんだ
  • 第4回(今回):でも、多面的・持続的に測ると、自己制御は効いている(Duckworth / Moffitt / Benjamin)

次回、Wattsはマシュマロ一発で15歳時の「学力」を見にいった。では、マシュマロ一発で成人後の「富、健康、犯罪」は予測できるのか?そして近代研究における、「ガチンコの作法」とは?


執筆後記:神話を育てたのは誰か(私見)

このシリーズを書いている途中で、Mischel本人が書いた一般向け書籍『マシュマロ・テスト 成功する子・しない子』(早川書房、2015)を読みました。

第1回の執筆後記で、私はこう書きました。「MischelやShodaたちは研究者らしく、結果を極めて冷静に慎重に見ていた。神話は、どこかの伝言ゲームの中で育ったのだろう」と。学術論文を読む限り、それは正しい印象でした。でも、一般向け書籍を読んで、その印象が少し変わりました。

学術論文にあった慎重さが、明らかに薄れているのです。サンプルの特殊性(スタンフォード大学付属幼稚園という恵まれた環境)や交絡因子の可能性について、一応触れられてはいる。でも、論文ほど強調されていない。邦訳タイトルの「成功する子・しない子」という二項対立も含め、全体として「わかりやすい物語」に寄せた設計になっている。

正直に言えば、「神話の片棒を担いでいるな」という印象を持ちました。伝言ゲームの「起点」で、すでに少し盛られていたのではないか、と。

そんな中で読んだのが、Benjamin (2020)の論文でした。こんな一節があります。

The network of documented longitudinal relations of preschool delay of gratification are extensive. Nonetheless, both media and academic accounts of the research commonly exaggerate the scope of the actual findings. In these accounts, preschool delay is cast as prognostic of almost all adult life milestones.
(幼児期の満足遅延に関する縦断的な知見のネットワークは広大である。にもかかわらず、メディアも学術界も、この研究の射程を過大に語りがちだ。これらの語りの中で、幼児期の遅延課題は、大人になってからのほぼすべての人生の節目を予言するものとして描かれている。)

この論文の共著者の一人は、Walter Mischel本人です。Mischelは2018年に亡くなっており、この論文は死後に出版されました。

……いや、それあなたたちのチームが言うんかい。

思わずツッコんでしまいました。一般向け書籍では割と神話に乗っかって、近年の論文で「誇張しすぎ」と釘を刺す。マッチポンプとまでは言いませんが、なんとも複雑な気持ちになります。

とはいえ、これはMischelを悪役にしたい話ではありません。研究が一般向けに伝わるとき、そこには構造的な圧力がかかります。「売れなきゃまずい」という出版の事情、シンプルな答えを求める読者の需要、複雑な話を短くまとめなければならない制約──個人の意図とは関係なく、ヘッジや限界条件が削ぎ落とされやすい構造がある。

「マシュマロで人生が占える」という神話は、伝言ゲームの構造と、その起点にあった「わかりやすさへの誘惑」の両方で育ったのでしょう。

参考文献

  • Watts, T. W., Duncan, G. J., & Quan, H. (2018). Revisiting the marshmallow test: A conceptual replication investigating links between early delay of gratification and later outcomes. Psychological Science, 29(7), 1159–1177.
  • Moffitt, T. E., Arseneault, L., Belsky, D., Dickson, N., Hancox, R. J., Harrington, H., … & Caspi, A. (2011). A gradient of childhood self-control predicts health, wealth, and public safety. Proceedings of the National Academy of Sciences, 108(7), 2693–2698.
  • Duckworth, A. L., Tsukayama, E., & Kirby, T. A. (2013). Is it really self-control? Examining the predictive power of the delay of gratification task. Personality and Social Psychology Bulletin, 39(7), 843–855.
  • Benjamin, D. J., Laibson, D., Mischel, W., Peake, P. K., Shoda, Y., Steiny Wellsjo, A., & Wilson, N. L. (2020). Predicting mid-life capital formation with pre-school delay of gratification and life-course measures of self-regulation. Journal of Economic Behavior & Organization, 179, 743–756

マシュマロテストシリーズ連載

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