マシュマロテストの嘘と真実|1972年・1990年論文から読み解く「神話のタネ」

用語解説

  1. 【神話の誕生】 4歳の忍耐が一生を決める?(Mischel 1972/Shoda 1990)←本記事
  2. 【信頼の視点】「待てない子」じゃなくて「待てない世界」?(Kidd 2013)
  3. 【環境の力】「相関の大半は環境で縮む」再検証(Watts 2018)
  4. coming soon
  5. coming soon

この記事でわかること

  • マシュマロテストの「元祖」実験(1972)が本当は何を見ていたのか
  • 10年以上追跡した「伝説のタネ」(1990)の中身
  • ミシェルたちが実際に書いていたことと、ネットで語られている話のズレ
  • なぜ「ガマンできる子は成功する」神話が生まれてしまったのか


導入:うちの子はマシュマロを待てるのか問題

「ねえ、このチョコ食べていい?」

たまたま机の上に置いてあったチョコレートを見つけた子どもが、キラキラした目でこっちを見ている。いやいや今夕飯の支度中、あと10分もすればできる。「ごはんの後!」と言った瞬間、えー!!という大きな声とともに、世界が終わったような顔をする。この光景を見て、ふと思った。

「うちの子、我慢できないタイプなのか……」

そんなとき、頭をよぎるのが「マシュマロテスト」かもしれません。ネットで検索すれば、こんなフレーズがすぐに出てきます。「マシュマロを我慢できた子は、将来成功する」「幼児期の自制心が、年収や学歴を予測する」

でも、ちょっと立ち止まって考えてみてください。この話の元ネタになった論文を、実際に読んだことがある人はどのくらいいるでしょうか?原典には何が書いてあって、何が書いていないのか。「マシュマロを待てる子は成功する」というメッセージは、本当に研究者たちが言いたかったことなのか。

今回は、マシュマロテストの「原点」に立ち返ります。1970年代の元祖実験と、1990年の追跡研究。この2本の論文を読み解きながら、「神話のタネ」がどこで生まれたのかを確認していきましょう。


マシュマロの元祖:1972ミシェルは”意志力”を測っていない

「ベルとマシュマロ」の基本ルール

1970年代、スタンフォード大学の心理学者ウォルター・ミシェルたちが発表した論文。これがいわゆる「マシュマロテスト」の原点です。

舞台は、スタンフォード大学付属のBing Nursery School(ビング保育園)。通っているのは大学教員や学生の子どもたちです。実験室に連れてこられた子どもたち(だいたい3歳半〜5歳半)の目の前には、こんなセットが用意されています。

  • 机の上にベル
  • 2種類のごほうび──たとえば、プレッツェルとマシュマロ

実験者は子どもにこう説明します。

「どっちが好き? ……そう、マシュマロのほうね。じゃあね、私はちょっとお部屋を出るんだけど、私が戻ってくるまで待てたら、マシュマロをあげる。でも待てなくなったら、このベルを鳴らしてね。そしたら私はすぐ戻ってくるけど、もらえるのはプレッツェルのほうだよ」

そして実験者は部屋を出る。子どもはひとりぼっち。目の前にはごほうび。机の上にはベル。子どもがベルを鳴らすか、それとも我慢し続けるか。待った時間が記録される。

……これが、世界一有名な「我慢テスト」の基本形です。

ヒューマン
ヒューマン

ちょっと待って。最初の「どっちが好き?」って確認、いる?

エコノ
エコノ

いるいる。多くの解説は「待てたらもう1個もらえるテスト」ってさらっと流すけど、ミシェルはちゃんと子どもの好みを確認してからルールを組んでる。このひと手間で、「客観的に多いほう」やなくて「自分が欲しいと言ったほうを、待ってでも取りにいくか」っていう選好のテストになってるんや。

ヒューマン
ヒューマン

なるほど、それでベル鳴らしたら負け、待てたら勝ちと。

エコノ
エコノ

まあ、そう見えるやろ? でもな、1972年の実験は「勝ち負け」だけを見てたわけやないんや。ここからが大事なとこやで。

じつは「条件だらけ」の実験だった

ネットで語られる「マシュマロテスト」は、だいたいこんなイメージです。

子どもの前にマシュマロを置いて、待てるかどうかを見る。待てた子は将来成功する。

実は1972年の論文はそんな単純な話ではありません。ミシェルたちは複数の実験を通じて、「どうすれば待てるようになるのか?」という攻略法を探っていたのです。ここからは、論文に収録された3つの実験を順番に見ていきましょう。


実験1:気を逸らせたら勝てる?

最初の実験で調べたのは、「注意を逸らすと待ち時間は伸びるのか?」という問いです。子どもたちを3つのグループに分けました。

グループ待っている間の条件平均待ち時間
何もなしただ待つだけ1分未満
外的な注意逸らしおもちゃで遊べる8.59分
内的な注意逸らし「楽しいことを考えてね」と言われる12.12分

結果は明白でした。気を逸らせば、待てる。平均だけ見ると、おもちゃ(外的)より楽しいことを考える(内的)のほうが長く待てていますが、論文によればこの差は統計的に強く主張できるほどではなかった(より厳密な検定では有意に届かず)。

ヒューマン
ヒューマン

じゃあ、おもちゃでも想像でも、どっちでもええってこと?

エコノ
エコノ

ざっくり言えばそうやな。大事なのは「外か内か」より、報酬から注意を逸らせるかどうか。そこが決定的に効いてるんや。

この時点で言えること:外部も内部も、気を逸らせば待てる(両者の差は決定的ではない)


実験2:脳内再生リストを間違えると即死

じゃあ、「何か考えていれば何でもいいのか?」——次の実験はここを掘り下げます。
子どもたちに「こういうことを考えていてね」と指示を出して、考える内容によって待ち時間がどう変わるかを調べました。

考える内容平均待ち時間
楽しいこと(遊んだ思い出など)約13分
悲しいこと(転んで膝を擦りむいたことなど)約5分
ごほうびそのもの(マシュマロやプレッツェルのこと)約4分

「楽しいこと」を考えた子どもは13分も待てたのに、「ごほうびのこと」を考えた子どもは4分でギブアップ。頭の中で何を再生するかで、結果が天国と地獄に分かれたのです。

ヒューマン
ヒューマン

マシュマロのことを考えちゃダメなん? 目の前にあるのに?

エコノ
エコノ

むしろ考えたら負けやねん。「おいしそう……」って頭に浮かべ続けると、欲求不満がどんどん溜まって耐えられんくなる。

この時点で言えること:内的な注意逸らしは”内容”で天国と地獄


実験3:見えない敵が一番強い

ここまでの実験で、「考え方」が大事だとわかりました。じゃあ、物理的にマシュマロを隠したらどうなるか?——実験3はここを検証します。

条件平均待ち時間
報酬を隠す+指示なし12.86分
報酬を隠す+「楽しいこと思考」14.48分
報酬を隠す+「ごほうびのことを考えて」0.78分

衝撃の結果です。マシュマロを物理的に隠せば、待ち時間は12分以上に伸びる。でも、隠した状態でも「ごほうびのことを考えて」と言われると、待ち時間はたった47秒に激減してしまう

ヒューマン
ヒューマン

え、見えてないのに?考えたらアウトかい?

エコノ
エコノ

そう。敵は目の前にいるんやない。脳内にいるんや。物理的に隠しても、頭の中でマシュマロを再生し続けたら意味がない。

この時点で言えること:隠すより”考えさせない”が効く


子どもたちのおもしろエピソード:勝手に「攻略ムーブ」を始める

1972年の論文を読んでいて、「めっちゃ人間やな」と思ったのがここです。マシュマロ(あるいはプレッツェル)を前にして待っている子どもたちは、自分で勝手に”しのぎ方”を発明し始めるんです。論文が挙げている「攻略ムーブ」はこんな感じ。

  • 即興で静かな歌を作って歌う(自作ソング)
  • 顔を腕にうずめる(視界から敵を消す)
  • 床を足でドンドン叩く(謎の儀式)
  • ベルをいじって遊びを始める(押しそうで押さない)
  • ルールを口に出して自己暗示する(「今やめたら××、待てば○○」)
  • 天井に祈る(神頼み)
  • そして最強:イライラの末に脱力して寝る(もう意識を落とす)

……もう完全に「意志力テスト」じゃない。これ、自分の注意をどう扱うかの”攻略ゲーム”です

もちろん、これは「この行動をした子が何分待てた」みたいな厳密な分析ではなく、論文中の観察的な記述です。ただ、1972年の主張——「待てるかどうかは根性よりも、注意の向け方(気の逸らし方)で変わる」——を、読者が一発でイメージできる”現場の絵”になっています。


サンプルサイズの限界(でも価値は落ちない)

1972年の実験は、現代の大規模研究と比べるとサンプルが小さい。たとえば実験1は各条件10人(合計50人)。実験2は合計26人、実験3は合計16人。当然、推定はブレやすいし「この数字が世界の真理です」とは言えない。

ただ一方で、条件操作で待ち時間が桁で動く(”報酬のことを考えさせる”だけで平均が1分未満まで落ちる等)みたいな差も出ていて、少人数でも方向性(メカニズム)自体はかなり強く示している。要するにこの論文は、人生を占う研究じゃなくて、待てる/待てないを作るスイッチ探しとして読むのが正しい。


1972年実験のまとめ:マシュマロ戦は「根性」じゃなく「攻略(注意コントロール)」

3つの実験を通じて、ミシェルたちが示したのはこういうことでした。

  • 実験1:気を逸らせば待てる(外的でも内的でも)
  • 実験2:でも、何を考えるかで天国と地獄
  • 実験3:物理的に隠してもダメ、脳内が本丸

1972年の時点でミシェルたちが示していたのは、「注意の向きと”しのぎ方”しだいで、待ち時間は劇的に変わる」という事実でした。


伝説のタネ:1990 Shoda, Mischel & Peake の10年追跡

「待てた/待てない」じゃなくて「どの条件の待ち時間が将来を拾うか」

1970年代の実験から時が経ち、ミシェルの研究室はふたたびあの子どもたちを追いかけることにしました。Shoda, Mischel, & Peake(1990)の論文。これが「マシュマロ神話」のもうひとつの原点です。ただし、この研究のポイントを誤解してはいけません。ショダたちは「待てた子は成功するか?」という雑な一発芸を検証しに行ったわけではないのです。

彼らがやりたかったのは、「どの遅延条件の待ち時間が、後の性格特性や学力をいちばんよく予測するのか?」という、予測力の出どころ探しでした。研究デザインはこんな感じです。

時点測定内容
4歳前後マシュマロテストの待ち時間
10数年後(15〜18歳頃)親による性格評価(ACQ・CCQ)
学力テスト(SAT)の成績

つまり、「4歳のときの”あの待ち時間”と、10代の頃の成績や性格がどれくらい関係あるか」を見に行った研究です。

Shodaたちの仮説:「一番しんどい条件」でこそ予測力が出るはず

ここで重要なポイントがあります。さっき見たように、当初のマシュマロ実験には、いろいろな条件がありました。報酬が見える/見えない、ヒントがある/ない、などなど。ショダたちは、こう考えました。

「報酬が丸見え+ヒントなし」という一番しんどいモードでこそ、子どもの”地力”が見えるはず。だからこの条件の待ち時間が、将来をいちばんよく予測するだろう

論文の言葉を借りれば、これを「診断的条件(diagnostic condition)」と呼んでいます。報酬が目の前にあって、誰からもコツを教えてもらえない。この状況で待てるかどうかは、子どもが自分の頭で注意の向け方を工夫できるかどうかにかかっている——だから個人差がクリアに出て、将来の能力とも繋がりやすいはず、という仮説です。

ヒューマン
ヒューマン

逆に、ヒントをもらえたり報酬が隠れてたりしたら?

エコノ
エコノ

誘惑が弱まるか、外から攻略法を与えられるかで、みんなそこそこ待てるようになってしまう。結果、個人差がぼやけて、将来との関連も見えんくなるやろう——というのがショダたちの予想やな。報酬丸見え・ヒントなしのナイトメアモードが将来の学力や性格を予測するんじゃないって仮説立てたんやな。

では、この仮説は正しかったのか? データを見てみましょう。

結果:「ナイトメアモードだけ」が将来を拾った

さて、追跡の結果はどうだったのか。ここが面白いポイントです。ショダたちは複数の条件を比較検証しました。そして見えてきたのは、こういう構図でした。

条件親による性格評価(ACQ・CCQ)・学力テスト(SAT)の成績との関連
報酬丸見え+ヒントなし安定して有意(一番”診断的”)
報酬を隠し+ヒントなし弱いか不安定
報酬丸見え+ヒントあり弱いか不安定
報酬を隠し+ヒントあり弱いか不安定

結論:将来をいちばん安定して拾ったのは、報酬丸見え×ヒントなし(自力で戦略を生むしかない条件)だった。逆に、報酬を隠す/戦略を与える条件では、関連は弱かったり不安定だったりする。

ヒューマン
ヒューマン

報酬を隠したら予測しないって、どういうこと?

エコノ
エコノ

報酬が見えないと、そもそも誘惑が弱いやろ? だから「戦略を自力で生み出す力」が発揮されにくい。結果、待ち時間に個人差が出にくくなって、後のアウトカムとの関連も見えんくなる。

ヒューマン
ヒューマン

戦略を教えてもらった条件も予測しないのは?

エコノ
エコノ

それも同じ理屈や。「楽しいことを考えてね」って言われたら、みんなそこそこ待てるようになる。でもそれは”外から与えられた攻略法”であって、その子が自前で戦略を生成できるかどうかは測れてない。だから後の結果と繋がらんかったんやな。

では、どのくらいの強さで予測したのか? 相関係数を見てみましょう。

親による性格評価(ACQ)との関連をまずみていきます。こちらは「10代になったわが子をどう見ているか」を親に聞いたものです。論文で有意だった項目(原文の質問を和訳)を抜粋します。

質問項目(原文を和訳)相関係数(r)有意性
イライラする状況で自制心を発揮できますか?.58p<.001
誘惑に負けやすいですか?-.50p<.001
お子さんは賢いですか?.42p<.01
集中しようとしているとき、気が散りやすいですか?-.41p<.01
イライラしたときに自制心を発揮できますか?.40p<.01

※CCQの結果は概ねACQの結果と方向性は同一なので割愛します。

次に、学力(SAT)との関連。ここが「神話の火種」になったところです。

正直、これは驚くべき結果です。マシュマロの前で何分耐えられたかが、10年以上後の大学進学適正テストと r = .50前後で関連している。私は心理学が専門ではないので感覚が当初掴めませんでしたが、相関係数0.5の関連は当時としては衝撃的な結果だったようです。たった15分の行動観察が、10年後の学力をそれなりに予測してしまう。マシュマロが神格化されたのも無理はありません。

指標相関係数(r)有意性
SAT言語.42p<.05
SAT数学.57p<.001

ただし、冷静に見ると、運命を決定づけるほどの強さではありません。分散で言えば、せいぜい全体の17〜32%を説明できる程度です。残りの68〜83%は、別の要因で決まっています。要するに、ショダたちの発見を一言で言えばこうです:

報酬丸見え攻略法なしのナイトメアモードで、自力で”注意の攻略”ができた子は、思春期の学力もメンタル的な対処も”わりと良い側”に寄っていた——ただし「そこそこ」の強さで

📊ミニ解説:rとr²って何?
r(相関係数)
「2つの変数がどのくらい一緒に動くか」を −1〜+1 で表したもの。
r²(決定係数)
「片方の変数で、もう片方をどれくらい”説明”できるか」を示す割合。r を2乗するだけ。r = .50 なら r² = .25、つまり「25%は説明できるけど、残り75%は別の要因で決まる」という意味。

今回の r = .50 前後は、心理学では「強い」部類。でも r² で見ると「4分の3は別の話」ということ。数字の印象と実態にはギャップがあるんです。

ただし「スタンフォード教員の子ども+中流層」の中だけでの話

……と、ここまで聞くと「やっぱりマシュマロは正しかったんだ!」と思いたくなります。でも、ちょっと待ってください。この研究のサンプルは、スタンフォード大学付属のBing保育園に通っていた子どもたちです。親は大学の教員や学生。ある程度恵まれた環境で育った子どもの可能性があります。

フェアに言えば「この集団の中では、”待てる子”が少し有利だった」これくらいの話です。「マシュマロを待てれば人生勝ち組」とは、だいぶ温度差があります。


ミシェルたちは本当に「ガマンできる子は成功する」と言っていたのか?

原典のトーン:意外なほど慎重

ここで、ショダの論文をもう一度見てみましょう。実は、著者たちは「待てた子が優秀だった」で終わらせていません。論文の中で、彼らはこういう順番で議論を組み立てています。

  1. まず「共通原因」の可能性を置く:「この相関は、家庭環境のような第三の変数で説明できる可能性がある」
  2. その上で「能力側の筋」も仮説として提示:「一方で、認知的構成能力(cognitive construction)がストレス対処や問題解決に繋がるという筋もありうる」

つまり、「待ち時間が長い→だから成功」ではなく、「待ち時間も後の結果も、背後にある何か(家庭環境or認知能力)で説明できるかもしれない」という留保を、著者たち自身がちゃんと入れているのです。これは後年、大規模データで検証されます。ここがネットの伝説と決定的に違うポイントです。

さらに、彼らは「Discussion(考察)」のセクションでこんなことも書いています。

「SAT成績との関連については、慎重な解釈が必要である。サンプルサイズが小さく、得られた相関係数は真の値を過大評価している可能性がある」

「本研究の結果は、中流階級の、比較的限られた集団から得られたものである。他のコホートや条件での追試が必要である」

……意外なほど、ブレーキを踏んでいるんです。研究者たちは、「これは神話のタネであって、神話そのものではない」ということを、ちゃんとわかっていました。

ネットでよく見るメッセージとのギャップ

ところが、ネットや自己啓発書で流通しているメッセージは、こんな感じです。「マシュマロを待てる子は成功する」「幼児期の自制心が年収や人生を決める」。
原典のメッセージと、かなりズレています。「相関」が「因果」にすり替わり、「特定の集団」が「すべての子ども」に拡大解釈される。原典にあった留保や注意書きは、どこかで消えてしまう。

ヒューマン
ヒューマン

さっきの原典の話、めっちゃ慎重やったやん。「サンプル偏ってます」「他の因果もありえます」って。

エコノ
エコノ

せやねん。研究者としては当然の態度やけどな。

ヒューマン
ヒューマン

ほな、ネットで見る「マシュマロ待てたら人生勝ち組!」みたいなんは、どっから来たん?

エコノ
エコノ

それがまさに「伝言ゲーム」の結果やないかな。ちょっと比べてみよか。


神話が一人歩きするまでの伝言ゲーム(私見)

ここからは原典の解説ではなく、私の私見です。

研究 → 解説書 → 自己啓発 → SNS で何が削られたか

情報が「伝言ゲーム」のように流れていく過程を想像してみてください。

原著論文(専門家向け、留保だらけ)   

専門家向けの解説書(やや簡略化)   

一般向けの啓蒙書(キャッチーに整理)   

ブログ・YouTube・SNS(さらに短く、強く)

このバケツリレーの中で、何が削られていったのか。

  1. サンプルの偏り:「スタンフォードの保育園」という特殊性は消える
  2. 相関の強さの限界:「そこそこ」は「強い」に、そして「決定的」に変わる
  3. 「一般化には慎重に」という注意書き:長いから省略される

結果として残るのは、シンプルで強いメッセージだけです。

ヒューマン
ヒューマン

結局、「意志力テスト」ってフレーミング自体が後付けってことか。

エコノ
エコノ

せや。1972年の時点でミシェルが見てたのは「注意の向け方」や。それがいつのまにか「生まれつきの意志力を測るテスト」になってしもた。誰が悪いってより、構造の問題やな。人間はシンプルで強い物語が好きなんや。「待てる子は成功する」って、わかりやすいやろ?

ヒューマン
ヒューマン

たしかに、「条件によって変わります、サンプルも偏ってます、相関もそこそこです」って言われても、なんか物足りんもんな。

エコノ
エコノ

それに、教育現場や子育ての現場では「わかりやすい指標」を欲しがる。「うちの子は待てるタイプ? 待てないタイプ?」って知りたいやろ。その需要に、神話がうまくハマってしまったんやないかな。


この時点での暫定まとめ:マシュマロは”神話のタネ”にすぎない

原典からフェアに言えること

1972年と1990年の論文を読み解いた結果、フェアに言えることはこうです。

  • 「わりと似た家庭環境の子どもたち」の中で
  • 「報酬丸見え+ヒントなし」という最難度ナイトメアモードの待ち時間に限れば
  • 自己制御や学力と「そこそこ」関連していた

これが「神話のタネ」です。一方で、ここからは言えないこともあります。

  • 「どんな家庭環境の子どもにも当てはまる」とは言えない
  • 「待ち時間が人生を決定する」とは言えない
  • 「意志力は生まれつき」とも言えない

ミシェルたち自身が、慎重に書いていたとおりです。

この記事のまとめ

  • 1972年のミシェルは「意志力テスト」をしていたわけではない。見ていたのは「注意の向け方」と「誘惑のしのぎ方」
  • 1990年のショダたちは「一番しんどいナイトメアモード」の待ち時間だけを使い、ティーン期の性格や学力との相関を見た
  • 結果は「そこそこの相関」。サンプルはスタンフォードの保育園に通う層に偏っていた
  • 原典の著者たちは「一般化には慎重に」と繰り返し書いていた
  • 「マシュマロを待てる子は成功する」という神話は、伝言ゲームの中で生まれたか?

ここから先のシリーズで見ること

この記事は、マシュマロシリーズ全5回の第1回です。ここまでで、マシュマロ伝説の「タネ」は見えた。でも、ひとつだけ気持ち悪い。「次のマシュマロ、ほんまに来る世界なん?」次回は、マシュマロの前に「信頼」を持ち込んだ反逆者の話。


補足:待っても得しない子どもたち

本文では省略しましたが、1972年の実験1には「待っても得にならない条件(noncontingent)」も存在していました。 ここでは、ベルを鳴らしても待ち続けても、結末が変わりません(=“待てば報酬が良くなる”というご褒美ルールがない)。

結果は興味深く、この条件だと 気を逸らしても待ち時間はあまり伸びなかった。そりゃそうです——待つインセンティブがないんだから。

これが示唆するのは、「攻略法」が効くのは「待てば得する」というゲームのルールが前提にあってこそ、ということ。 意志力でも注意コントロールでもなく、まず「ゲームのルール」が行動を方向づけている。1972年の時点で、ミシェルたちはそこまで視野に入れていました。

そして、そのゲームのルールの信頼性が揺らいだら……。次回の記事に続きます。


執筆後記:原典読んだら、思ってたマシュマロと違った

正直に言います。私も原典を読むまでは「マシュマロテスト=今1個食べるか、待って2個もらうかを選ぶテスト」だと思っていました。でも違ったんです。

1972年の原典では、子どもに「どっちが好き?」と聞いて、好きなほう(preferred)を待てばもらえるというルールだった。つまり「1個 vs 2個」の話じゃなくて、「自分が欲しいと言ったものを、待ってでも取りにいけるか」という構造。これ、意外と知られていない。その後のショダの論文を読むと1個、2個という記載がやっと出てきます。

それから、1972年のミシェルがやっていたのは「この子は意志力があるか」を測る検査じゃなくて、どうすれば待てるようになるかの攻略法探しでした。注意を逸らせば待てる、でもマシュマロのことを考えたら即死、みたいな条件操作の実験。

1990年のショダたちも、「マシュマロで人生が決まる!」と主張したわけじゃない。彼らがやりたかったのは、「どの条件の待ち時間が、将来とちゃんと関連するか」を特定することでした。結果、「報酬丸見え+ヒントなし」の最難度モードだけが”診断的”だった、という話。

ネットで流通している「待てる子は成功する」は、このあたりの文脈がごっそり抜け落ちた状態で広まっています。ミシェルやショダ達は研究者らしく、結果を極めて冷静に慎重にみていたことも興味深いですね。ネットの温度感とはだいぶ違うと感じたところです。


参考文献

Mischel, W., Ebbesen, E. B., & Zeiss, A. R. (1972). Cognitive and attentional mechanisms in delay of gratification. Journal of Personality and Social Psychology, 21(2), 204–218.

Shoda, Y., Mischel, W., & Peake, P. K. (1990). Predicting adolescent cognitive and self-regulatory competencies from preschool delay of gratification: Identifying diagnostic conditions. Developmental Psychology, 26(6), 978–986.


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