はじめに|ナッジは「国」も「人」も動かす
この記事でわかること:
- 国家レベルで実装されたナッジの成功事例3選
- レジ袋有料化の“本当の狙い”と心理設計
- 政府や企業が使う「行動を変える」具体的手法
ナッジ(Nudge)とは、「人をそっと後押しする仕組み」。
本人が気づかないうちに行動を変える──そんな小さな設計が、国や社会を動かしてきました。
でも実は、“国家レベルのナッジ”と“私たちの日常”は同じ構造なんです。
今回は、国家レベルで実装された3つのナッジを取り上げ、各事例の設計ポイントを日常に引き直して解説します。
① レジ袋ナッジ|たった2%の廃プラスチックが変えた国民の意識
5円が生んだ「罪悪感」の構造
2020年のレジ袋有料化。正直なところ意味があるのかと感じた人も多いはずです。
しかし数年が経過。巷では自然とマイバッグを持ち歩いている人が多い。
この流れ、まさに政府が仕掛けた「ナッジ」の効果が如実に現れた成果だと思います。
実は環境省の公式資料(2020年)によると、レジ袋は廃プラスチック全体のわずか2%程度でしかありません。これを減らしたとしても、全体の中ではごく小さな影響しかないのです。
この資料には、真の目的はライフスタイル変革と明記されています。
日本から毎年排出される廃プラスチックのうちレジ袋が占める割合は2%程度。
有料化の真の目的は、使い捨てプラスチックに頼った、国民のライフスタイル変革を促すこと
(環境省『レジ袋有料化について』2020年)
つまり、政府としてはレジ袋を廃プラスチックの象徴と位置づけ、それをターゲットに減らすことで、国民の環境意識を高めることが真の目的なわけです。レジ袋は”呼び水”としての役割なのですね。
ヒューマンさん:「2%!? それで環境守れるん?」
エコノさん:「単独では大きな筋ではない。でも”象徴的”なんや。”意識を変えるスイッチ”として選ばれたんやで」
「すみません、袋お願いします」の心理
実際私の中でも行動変容が起きています。以前は当たり前のようにもらっていたレジ袋。
でも今では「すみません、袋お願いします」と、つい謝ってしまう。
同意いただける方、多いのではないでしょうか?
これは「費用」「袋をもらわないことが前提」「袋をもらう手間」という3つの要素が組み合わさり、レジ袋を頼む時に「なんとなく後ろめたい」という社会規範が自然と身についたからです。
ヒューマンさん:「なんで謝ってんの? 5円払ってるのに!」
エコノさん:「それが社会規範や。『袋をもらう=ちょっと後ろめたい』って感覚が、もう無意識に組み込まれとるんや」
行動を設計する「摩擦」とデフォルト
私がレジ袋ナッジを考えたときに、もう一つ思い立ったシチュエーションがあります。
店によって仕組みが違うのです。お店によって
- 店員さんがつけてくれるお店
- 自身で必要枚数取って、レジに出すお店
後者のほうが、わずかに手間がかかる。これもナッジだと思いました。
つまり「取らない方が楽」に設計されているわけです。
店員さんの手間を減らしつつ、レジ袋の消費量を抑える。二重のナッジが仕込まれているのではないでしょうか。
ヒューマンさん:「なるほど、ちょっと面倒くさくしてるんやな」
エコノさん:「せや。”手間ナッジ”×”価格ナッジ”×”デフォルト”の合わせ技や」
ナッジと価格シグナルの境界
レジ袋有料化は、デフォルトや摩擦といったナッジに加えて、軽微な価格(数円のディスインセンティブ)も併用した設計です。高額の抑止ではなく「支払う」という行為そのものが選択の自覚を促す点がポイントでしょう。
エコノさん:「5円って金額が絶妙やねん。チョコ1つにもならん額やけど、『お金を払う』という行為が意識のスイッチになる」
ヒューマンさん:「確かに50円やったら経済的理由やけど、5円は『気持ちの問題』の側面が近い気がするな」
要は、『袋なしが初期値』×『取得に小さな摩擦』×『象徴的な価格』の組み合わせが、取得率の低下と意識の転換を生む、ということです。
設計の肝:
- 初期値を「袋なし」に置く
- レジ袋を買うために小さな摩擦を入れる
- 少額でも価格を設定する
今日からできること:
- エコバッグをかばんに常備する=自分の初期値化としてしまう。
② 臓器提供ナッジ|「何もしない」ことが「命を救う」設計
免許証の裏、あなたは○をつけましたか?マイナンバーカードにも臓器提供の意思を問う欄がありますね。
日本では「書かない=提供しない意思(オプトイン)」ですが、スペインやオーストリアでは「書かない=提供に同意(オプトアウト)」です。
※オプトアウトの国でも家族の同意が必要となるので、書かないと無条件に提供、というわけでもありませんが。
実はこの制度の違いだけで、臓器提供率には明確な差が見られます。
公益社団法人日本臓器移植ネットワークによると、日本の人口100万人あたりの提供数は0.88人。
一方、オプトアウト制度を採る国々では、この数値が数倍〜十数倍に上る傾向があります。
ヒューマンさん:「でも、アメリカは日本と同じオプトインやのに提供率高いやろ?なんでそんな差が出るん?」
エコノさん:「ええとこ突くな。実際、文化・医療体制・宗教観とか、交絡(こうらく)する要素が多いんや。ただ、それでも**”オプトアウト制度のほうが提供率が高い傾向にある”**のは確かや」
ヒューマンさん:「”何もしない”が”善意”になる仕組みって、たしかに設計っぽいな」
エコノさん:「そうや。”怠惰を善意に変える設計”。人の行動を責めるんやなく、”環境”を変えて行動を生む。これが制度設計としてのナッジや」
設計の肝:
- 同意の”初期値”をどこに置くか(同意枠組み)
- 現状維持バイアスを知る
今日からできること:
- 家族で緊急時の意思を事前に共有しておく
③ イギリスBIT|“そっと”行政を再設計したプロ集団
2010年、イギリス政府に世界初の行動インサイトチーム(BIT)が誕生。行政そのものを心理設計で最適化しました。通称ナッジユニットと呼ばれています。リチャード・セイラーがノーベル賞を受賞する2017年より前のことです。
現在は日本でも同じようにナッジユニットが結成され、活動をしています。
イギリスBITの実証データ(代表例)
- 税督促レターの文面に「あなたの地域の大多数が期限内に納付」を追加 → 期限内・早期納付が数ポイント上昇
- エネルギー使用量の比較通知(ご近所平均との比較) → 電力使用量が約1〜2%低下。
エコノさん:「“説得”やなく、“共感と比較の提示”で動かす。行政をナッジ化したんや」
ヒューマンさん:「国が心理学で行動設計するって、もう時代やな」
設計の肝:
- 参照集団の明示(地域や世帯など)
- 結果の見える化と小さな後押し
今日からできること:
- 家計・健康の“見える比較”を月次で可視化
- メッセージは“行動した人の割合”を先に伝える
まとめ|「小さな設計」が社会を動かす
3つの事例を一望できるよう、要点を一覧にしました。
ヒューマンさん:「結局、全部“考えなくても行動が変わる仕組み”なんやな」
エコノさん:「そう。“人間らしさ”を責めずに、設計で味方につける。 小さく始めて、大きく育てる──それがナッジの力や」
3つのナッジが示す共通構造:
事例 | ナッジの本質 | 今日からできること |
---|---|---|
レジ袋 | 小さなきっかけが意識を変えた“呼び水” | エコバッグを“常に入れる”を初期設定に |
臓器提供 | “怠惰”を“善意”に変えた制度設計 | 望ましい初期値を先に決める |
イギリスBIT | 行政を心理で再設計した国家ナッジ | 比較の見える化と割合提示 |
人はいつだって、面倒を避け、周りを見て、損を恐れて動く。
その“人間らしさ”を理解し、設計で味方につける──それが、ナッジの真の力です。
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