マシュマロテスト完全解体:50年の神話に引導を渡す判決「Sperber 2024」

用語解説

【マシュマロテスト連載目次】

  1. 【神話の誕生】 4歳の忍耐が一生を決める?(Mischel 1972/Shoda 1990)
  2. 【信頼の視点】「待てない子」じゃなくて「待てない世界」?(Kidd 2013)
  3. 【環境の力】「相関の大半は環境で縮む」再検証(Watts 2018)
  4. 【残ったもの】神話は消えても、自己制御は死なない(Moffitt/Duckworth/Benjamin)
  5. 【最新判決】マシュマロ一発で26歳の人生は占えない(Sperber 2024)←本記事

各記事のサマリとよくあるモヤモヤはこちら:マシュマロテスト全体地図


この記事でわかること

  • Sperber et al. (2024) が「マシュマロテストの厳格な検証」として何を示したのか
  • 26歳時点の学歴・収入・健康・行動との関連はどうだったか
  • 「事前登録」という近代研究の作法が、なぜ神話退治に効いたのか
  • シリーズ全5回を通じて見えてきた「マシュマロ神話の解剖図」
  • 神話は終わった——でも、何が残ったのか


導入:「うちの子、マシュマロ待てなかったんですけど……」への最新回答

「うちの子『あとでね』って言っても全然待てないんです。将来大丈夫でしょうか?」よく見かけるこの悩み。その背景には、「マシュマロテスト」の神話があります。「4歳でマシュマロを我慢できた子は、将来成功する」。このシリーズでは、その神話を原典から解体してきました。

  • 第1回:元祖ミシェルは「意志力テスト」をしていたわけではなく、「注意の向け方」の研究だった
  • 第2回:Kiddが「信頼できない大人」を演出したら、同じ子どもでも待ち時間が4倍変わった
  • 第3回:Wattsが大規模データで再検証したら、家庭環境を入れると予測力がしぼんだ
  • 第4回:でも、多面的・持続的に測った自己制御は、ちゃんと人生に効いていた(Moffitt, Duckworth, Benjamin)

Wattsの2018年研究は15歳時点の「学力」を見た。Sperberは更にそこから追いかけ、26歳の「大人の人生」——学歴、収入、健康、行動問題——まで追いかけた研究です。

この研究は、Wattsと同じNICHD SECCYDコホートを使い、54ヶ月(4歳半)のマシュマロテストから更に26歳のアウトカムまで追跡しました。しかも、分析計画を事前に登録した「ガチンコ勝負」の設計で。

結論を先に言います。

マシュマロテストは、26歳時点の学歴・収入・健康・行動をほとんど予測しなかった。

今回は、この「ガチンコ検証」の中身を見ていきます。そして、シリーズ全体を振り返りながら、「マシュマロ一発神話」に正式なお別れを告げましょう。


Sperber (2024) は何をした研究か

Wattsの続編:同じコホートを26歳まで追いかけた

Sperber et al.(2024)の研究は、第3回で紹介したWatts et al.(2018)の「続編」と言える位置づけです。今回の論文の共同研究者にWattsは名を連ねています。

どちらも、NICHD SECCYD(National Institute of Child Health and Human Development Study of Early Child Care and Youth Development)という大規模な縦断データを使っています。これは、アメリカ全土10か所で1991年に生まれた子どもたちを追跡した研究です。

研究追跡期間サンプル主なアウトカム
Watts (2018)54ヶ月 → 15歳918名(この内大卒未満の母親の子ども552名に焦点)学力テスト、行動問題
Sperber (2024)54ヶ月 → 26歳702名学歴、収入、BMI、うつ、犯罪など

Wattsは「15歳の学力」を見た。Sperberは「26歳の大人の人生」を見た。同じコホート、同じマシュマロテスト、でもアウトカムが違う。これで、「マシュマロ一発で人生が占える」という神話の比較的検証ができるわけです。


26歳で何を測ったのか:学歴・収入・健康・行動

Sperberたちが26歳時点で測定したアウトカムは、大きく3つのカテゴリに分かれます。

【達成(Achievement)】

  • 教育達成(学歴):何年間の教育を受けたか
  • 年収:年間の収入
  • 負債:学生ローンと住宅ローンを除く借金が1万ドル以上あるか

【健康(Health)】

  • BMI:体格指数(身長と体重から計算)
  • うつ症状:CES-Dという標準化された尺度
  • 薬物使用:アルコール、マリファナ、その他の薬物の使用頻度

【行動(Behavior)】

  • 警察との接触:逮捕歴、収監歴、交通違反など
  • 衝動的行動:自己報告による衝動性の尺度
  • リスク行動:過去1年間のリスク行動の頻度

これらは、第4回記事で紹介したMoffittたち(2011)のダニーデン研究で使われたカテゴリ分けに沿っています。つまり、「自己制御が人生に効く」と主張した先行研究と、同じ土俵で比較できる設計になっている。


事前登録:「ガチンコ勝負」の作法

ここで、この研究の特徴を紹介しておきます。Sperberたちは、分析計画を事前に登録していました。事前登録(preregistration)とは、データを分析する前に、「どんな変数を使って、どんな分析をするか」を公開しておく仕組みです。

なぜこれが大事なのか?研究者には、知らず知らずのうちに「自由度」が生まれます。どの変数を使うか、どこでデータを切るか、どの分析手法を選ぶか。その選択を、結果を見てから決められるとしたら——都合のいい結果が出るように、無意識に選んでしまうリスクがある。

第3回の執筆後記で、「サッカーでボールが飛んでいったあとで、ゴールポストを微調整できてしまう」と書いた、あの問題です。事前登録は、このゴールポストを「試合前に固定する」仕組みです。

つまり、「こういう分析をします」と宣言してから、初めてデータを見た。結果を見てから分析を変える余地を、自分たちで封じたわけです。

  • 使用する変数の定義
  • 分析モデルの仕様(共変量を段階的に入れていく設計)
  • カテゴリカル分析のグループ分け(20秒以下、20秒〜2分、2〜7分、7分フル)
  • 検定の方法
ヒューマン
ヒューマン

へぇ、そんなんあるんや。でも、事前に宣言したって、あとで変えられるんちゃうの?

エコノ
エコノ

変えることはできる。でも、事前登録と違う分析をしたら、論文に「これは探索的分析(非事前登録)です」って書かなあかん。当初予定した検討とは違うって書くんや。ぶっちゃけな、多数の項目を測定すると、どこかで偶然に有意な差が出ることがあるんや。そこだけ切り抜いて論文化されることを封じることができんねん。

ヒューマン
ヒューマン

なるほど。「この結果は事前に決めてた分析から出た」と「結果を見てからやった分析」を区別できるようにしとるんやな。ガッチガチにゴールポストをコンクリで埋め込んでから蹴る感じやな。

エコノ
エコノ

そういうこと。ボールが飛んでった方向に後からゴールポストを置けないようにしてんねん。これが近代研究の「ガチンコの作法」や。再現性危機への対応として、特に重要視されるようになってきた。


【結果1】素のままでも、ほとんど当たらない

まずは「素の相関」から

結果を見ていきましょう。Sperberたちは、Wattsと同じ分析アプローチを踏襲しています。まずは他の要因(家庭環境や認知能力など)を入れない「素の相関」を見て、そのあと段階的に他の要因を追加していく。

本研究では9つのアウトカムのうち、統計的に有意だったのは教育達成(学歴)とBMIの2つだけ。収入、負債、うつ、薬物使用、リスク行動、衝動性、警察接触——どれも、素のままで有意な相関が出なかった。

これは、神話にとって致命的です。「マシュマロを待てた子は、大人になってから収入が高い」「犯罪歴が少ない」「メンタルが安定している」——そんな話は、素の相関の時点で支持されなかった。

アウトカム回帰係数(β)有意性
教育達成(学歴).17p < .001
年収.07n.s.
負債-.03n.s.
BMI-.17p < .001
うつ症状.01n.s.
薬物使用.06n.s.
リスク行動-.03n.s.
衝動的行動.02n.s.
警察との接触-.03n.s.

※βは標準化回帰係数。マシュマロ待ち時間と1SD伸びると、アウトカムがβSD分動くことを意味します。β = .17なら、待ち時間が1SD伸びたときに学歴が0.17SD上がる
※n.s. = 統計的に有意でない

ヒューマン
ヒューマン

え、素のままでも、9個中7個が「当たってない」んか。おいおい結構きっつい結果やな。

エコノ
エコノ

せやねん。Wattsのときは、素のままで学力との相関がβ = 0.24くらいあった。でもSperberのデータやと、26歳のアウトカムとの素の相関は、学歴とBMIでβ = 0.17、それ以外はほぼゼロや。

ヒューマン
ヒューマン

しかも学歴とBMIの0.17って、そんな強くないやろ?

エコノ
エコノ

せやな。0.17やと、分散で言うたら3%弱しか説明できへん。残りの97%は別の要因で決まっとる。「当たってる」と言うには、ちょっと弱いんとちゃうかな。


【結果2】他の要因(共変量)入れると、さらに消える

Wattsを踏襲しつつ、ステップを細分化

Sperberたちは、Wattsと同じ「段階的投入」の設計を踏襲していますが、投入のステップはより細かく分かれています。Watts(2018)では人口統計と幼少期背景を一括で投入していたのに対し、Sperberたちはこれを分離しています。以下の順番で投入していきました。

  • Panel 1:人口統計(家庭収入・母親の学歴など)
  • Panel 2:幼少期背景・家庭環境
  • Panel 3:マシュマロと同時期の認知・行動

モデルパネル投入した要因
Model 1なし(素の相関)
Model 2Panel 1:人口統計子どもの人種・民族、母親の年齢・学歴、家庭収入、母親の語彙力、54ヶ月時の実年齢、収集場所
Model 3Panel 2:幼少期背景・家庭環境出生体重、6ヶ月時の気質、24ヶ月時の認知発達、36ヶ月時の就学準備、36ヶ月時の家庭環境(HOME 9領域)
Model 4Panel 3:54ヶ月時の認知・行動認知能力、行動問題

教育達成(学歴)の場合

モデル回帰係数(β)有意性
Model 1(素のまま).17p < .001
Model 2(人口統計).04n.s.
Model 3(幼少期背景).01n.s.
Model 4(認知・行動)-.01n.s.

人口統計(家庭の収入や母親の学歴など)を入れた時点で、係数は.17から.04に激減。統計的有意性も消えた

BMIの場合

モデル回帰係数(β)有意性
Model 1(素のまま)-.17p < .001
Model 2(人口統計)-.11p < .05
Model 3(幼少期背景)-.07n.s.
Model 4(認知・行動)-.07n.s.

BMIも、家庭環境を入れると係数が半減し、幼少期背景を入れると統計的有意性が消えた。

その他のアウトカム

他の7つのアウトカム(年収、負債、うつ、薬物、リスク行動、衝動性、警察接触)は、素のままでも有意な相関がなかったので、共変量を入れても当然ゼロのまま。

ヒューマン
ヒューマン

うわ、学歴は人口統計入れただけで.17から.04に急落か。消えるの早いな。

エコノ
エコノ

せやねん。母親の学歴とか家庭収入とかを入れた時点で、もう有意性が消えてもうた。マシュマロ待てた子が学歴高いんやなくて、「恵まれた家庭の子が、マシュマロも待てるし、学歴も高いっていう、つまり代理の指標の可能性が高い」っていう構図や。

ヒューマン
ヒューマン

BMIは人口統計入れてもまだ有意やったんやな。でもPanel 2で結局消えたか。

エコノ
エコノ

そう。幼少期の発達や家庭環境を入れると、-.11から-.07に下がって有意性が消える。BMIもやっぱり、マシュマロ単独の効果やなくて、育った環境の反映やったってことやな。

ヒューマン
ヒューマン

Wattsのときと同じパターンやな。家庭環境といった下駄を脱がせて比較したら、差がないって話やな。

エコノ
エコノ

まさにそれ。15歳の学力でも、26歳の学歴・BMIでも、他の要因入れたら消える。「マシュマロの予測力」の正体は、結局「家庭環境の代理指標」やったと解釈できるな。


【結果3】グループで分析——「7分待った子」と「20秒で食べた子」で変わらない

Sperberたちは、Wattsと同じく待ち時間を4つのカテゴリに分けて分析しました。20秒以下で食べた子(n = 114)、中間グループ、2つ、そして7分フルで待った子(n = 390)。この分析の目的は、7分で打ち切りによる天井効果への対処と、「どのくらい待てれば差がつくのか」という閾値効果の検証です。

一番差がつきそうな組み合わせ——「7分フルで待った子」と「20秒以下で食べた子」——を比べた結果、すべての他要因を投入後(Model 4)、教育達成・年収・うつ症状・BMI・警察との接触・衝動性など、すべてのアウトカムで統計的に有意な差は検出されませんでした。

つまり、家庭環境や認知能力を調整した上では、「最後まで待てた子」と「すぐ食べた子」の間に、26歳時点の人生で意味のある差はなかった。

ヒューマン
ヒューマン

7分フルで待った子と、20秒以下で食べた子で差がないんか。一番差がつきそうな組み合わせやけどな。

エコノ
エコノ

せやな。Wattsたちの報告では20秒を待てるか否かで差がついていたけど、Sperberは26歳のアウトカムでそれをひっくり返してきた感じや。


【結果4】7分待てるか否かで分析——BMIだけ残った?

Sperberたちは、探索的(非事前登録)な分析として、「7分フルで待てたか否か」でも検証しました。

アウトカム素のまま(Model 1)全共変量(Model 4)
教育達成.36***.05 (n.s.)
年収.24**.11 (n.s.)
BMI-.35***-.17*

*p < .05, **p < .01, ***p < .001, n.s. = 統計的に有意でない

教育達成と年収は、素のままでは有意だったが、共変量を入れると消えた。ただし、BMIだけは、全共変量を入れても有意に残った。つまり、「7分フルで待てた子は、26歳時点でBMIが低い傾向がある」という関係だけは、家庭環境や認知能力をコントロールしても消えなかった。

ヒューマン
ヒューマン

おお、BMIは残ったんか。マシュマロ神話、ちょっとだけ生き残り?

エコノ
エコノ

いや、ここで食いつくのはあかんで。慎重にいこ。まず、この分析は事前登録されてへん。「探索的分析」として報告されてる。

ヒューマン
ヒューマン

さっきの「ガチンコの作法」の話か。

エコノ
エコノ

せや。事前登録された連続変数、つまり秒単位で計測している分析では、BMIは共変量入れたら有意性が消えてたやろ?有意に残ったのは、事後的に試してみた7分待てるか否かの分析や。それに、9個のアウトカムを検定してる。1個くらい偶然で有意になる可能性を否定できへん。例えば可能性5%でも9回やれば(1-(0.95)^9)で約37%で起こりうるんや。

ヒューマン
ヒューマン

なるほど。「BMIだけ残った!」って飛びつくのは早いってことか。

エコノ
エコノ

そう。Sperberたち自身も、偽陽性(差がないにも関わらず、あると結果が出る)の可能性がある」と書いてる。正直に言うたら、「BMIだけ残った」は、確認的な証拠というより、「たまたまかもしれない1個」くらいの温度感や。


【結果5】SES(社会経済的地位)や性別での調整効果:明確な差なし

Sperberたちは、探索的な分析として、「低SES(社会経済的地位)の家庭の子ども」や「男女」で、マシュマロの効果が違うかどうかも調べました。結果は、明確なパターンがなかった。

ヒューマン
ヒューマン

「恵まれない環境の子どもほど、マシュマロが効く」みたいな話、聞いたことあるんやけど。

エコノ
エコノ

それ、理論的にはありえる話やねん。恵まれた環境の子は、マシュマロ待てようが待てまいが、結局うまくいく。でも恵まれない環境の子は、自己制御があるかどうかで差がつく——みたいな仮説。でも、Sperberのデータでは、そういうパターンは見られへんかった。


Sperber研究の限界

Sperberたちは、論文の中で自らの研究の限界を正直に書いています。フェアに紹介しておきましょう。

限界1:サンプルの偏り

NICHD SECCYDは、元のShoda研究(スタンフォード大学付属幼稚園)よりは多様ですが、全国代表サンプルではありません。参加者の83%が白人、中流階級が中心。

限界2:マシュマロテストの天井効果

7分で打ち切りなので、本当は15分待てた子と7分の子の区別がつかない。待ち時間をグループ分けして対処したものの、完璧ではない。

限界3:アウトカムが26歳時点

26歳は、まだ「人生の途中」です。収入や負債は、30代・40代になってから安定してくる指標かもしれない。

ヒューマン
ヒューマン

じゃあ、この研究も「完璧じゃない」ってことか。確かに26歳での時点で人生決まるわけでもないしな。

エコノ
エコノ

そらそうや。完璧な研究なんてない。でも大事なのは、限界を正直に書いてること、事前登録で自由度を封じてること、先行研究(Watts)と同じ分析アプローチを使って比較可能にしてること。科学は、1本の論文で決着つくもんやない。エビデンスを積み重ねていくもんや。ただし、このSperberで、エビデンスの天秤は「マシュマロ一発では当たらん」側に、さらに傾いたとみてもええんとちゃうかな。


【シリーズ総括】マシュマロ神話の解剖図

ここで、全5回のシリーズを振り返ってみましょう。

第1回:神話のタネを見た

Mischel(1972)の元祖実験は、「意志力テスト」ではなかった。「注意の向け方」で待ち時間が劇的に変わることを示した実験だった。Shoda(1990)の追跡研究は、「診断的条件」(報酬丸見え×ヒントなし)だけが将来を予測したことを示した。相関は「そこそこ」で、サンプルはスタンフォードの恵まれた層に偏っていた。

第2回:信頼という変数を持ち込んだ

Kidd(2013)は、「約束を守る大人」と「約束を破る大人」を演出するだけで、同じ子どもの待ち時間が4倍変わることを示した。「待てない子」ではなく「待てない状況」という視点を導入した。

第3回:大規模データで予測力がしぼんだ

Watts(2018)は、NICHD SECCYDの大規模データで、家庭環境と認知能力を入れると、15歳学力への予測力が大幅に縮むことを示した。「マシュマロの予測力」の多くは、環境の代理指標だった可能性が高い。

第4回:多面的に測ると効いてくる

Moffitt(2011)、Duckworth(2013)、Benjamin(2020)は、「マシュマロ一発」ではなく「多面的・持続的に測った自己制御」が、人生に勾配で効いていることを示した。単発のスナップショットではなく、タイムラプスで見れば、自己制御は死んでいなかった。

第5回(本記事):26歳の人生はどうなっているか

Sperber(2024)は、Watts同じNICHD SECCYDコホートを26歳まで追跡し、事前登録された分析で、マシュマロテストが成人期のアウトカムをほとんど予測しないことを示した。素のままでも9個中7個が非有意。他の要因を入れると、ほぼ全滅。


結論:マシュマロ神話は壊れた。でも何が残ったのか

壊れたもの

  • 「マシュマロ一発で人生が占える」という神話
  • 「4歳の待ち時間が、学歴・収入・犯罪・健康を予測する」という物語

残ったもの

  • 多面的・持続的に測った自己制御は、人生に効いている(Moffitt, Duckworth, Benjamin)
  • 環境の信頼性が、「待てるかどうか」に影響する(Kidd)
  • 家庭環境という「土壌」が、子どもの発達と将来の両方に影響している(Watts, Sperber)

親・教育者へのメッセージ

「うちの子、マシュマロ待てなかった……」と落ち込む必要はありません。

4歳のある日の、数分間の行動で、その子の人生は決まらない。それは、このシリーズで見てきた研究が、繰り返し示していることです。大事なのは、「一発の占い」ではなく、「日々の積み重ね」です。

  • 子どもが育つ環境(土壌)を豊かにすること
  • 約束を守る大人でいること

マシュマロテストは、子どもを責める道具ではありませんでした。むしろ、私たち大人が、子どもにとって「待つ価値のある世界」を作れているかどうかを、映し出す鏡だったのかもしれません。


この記事のまとめ

  • Sperber(2024) は、Wattsたち同じNICHD SECCYDコホートをさらに26歳まで追跡し、事前登録された分析を行った
  • マシュマロテストは、26歳時点の学歴・収入・健康・行動をほとんど予測しなかった
  • 素のままでも9個中7個のアウトカムが非有意、他の要因を入れるとほぼ全滅
  • 「7分フルで待った子」と「20秒で食べた子」の間に、有意な差はなかった
  • 「マシュマロ一発で人生が占える」という神話は、かなり揺らいだ
  • ただし、多面的・持続的に測った自己制御は、別の研究で人生への効果が確認されている


他のマシュマロテスト記事サマリとよくあるモヤモヤはこちら:マシュマロテスト全体地図

執筆後記:事前登録と再現性危機——科学の「ガチンコの作法」

2010年代、心理学は「再現性危機(replication crisis)」と呼ばれる激震に見舞われました。きっかけの一つとして挙げられるのは、2011年に発表された「超能力実験」の論文でした。心理学者ダリル・ベムが、「人間は未来を予知できる」という実験結果を発表した。統計的にも有意な結果が出ていた。でも、誰もが直感的に「それはおかしい」と感じた。

この論文は、心理学界に衝撃を与えたようです。「統計的に有意」であっても、それが「真実」を意味するわけではない——ということが、突きつけられたのですね。

その後、2015年に発表された大規模な追試プロジェクト(Open Science Collaboration)で、心理学の有名な研究100本を再現しようとしたところ、約6割が再現できなかったと。

なぜ再現できないのか

原因の一つとして考えうるのが、本文でも紹介した「研究者の自由度」です。

データを分析するとき、研究者には無数の選択肢があります。どの変数を使うか、外れ値をどう扱うか、どの分析手法を選ぶか、どこでデータを切るか。これらの選択を、結果を見ながら調整していくと——たとえ意図的でなくても——「有意な結果」が出やすくなります。

実は私自身、大学院時代にこの問題の本質を突きつけられた経験があります。

研究に行き詰まっていたとき、指導教官にこんな直訴したことがありました。「とにかく多種多様なパターンで実験をさせてください。数を打てば、何か一つくらい結果が出るかもしれません」と。

指導教官の答えは、明快な「No」でした。

「仮説もなしに手だけ動かすのは、研究じゃない。そんなことをするなら、まず論文を読み込んで、仮説の取っ掛かりになるものを探してこい」

そのときは正直、「なんで試させてくれないんだ」と思いました。でも今になって、あの言葉の意味がわかります。「数を打てば当たる」は、まさに研究者の自由度の問題そのものだった。仮説なしに100パターン試して1個「有意」が出ても、それは偶然の産物かもしれない。ゴールポストを動かし放題の状態で蹴っているのと同じなんです。

事前登録という処方箋

この問題への処方箋として普及したのが、事前登録(preregistration)です。データを見る前に、「どんな仮説を立てて、どんな変数を使って、どんな分析をするか」を公開しておく。これにより、

  • 「結果を見てから分析を変える」が難しくなる
  • 「事前に決めた分析」と「探索的な分析」を区別できる
  • 読者が「この結果はガチンコなのか、後付けなのか」を判断できる

Sperberたちの研究は、この「事前登録」をきちんと行っていました。だからこそ、「探索的分析」と「確認的分析」を区別して報告できたし、読者もその違いを理解した上で結果を解釈できる。

マシュマロ神話と再現性危機

ここで、マシュマロ神話の歴史を振り返ってみましょう。Shoda et al.(1990)の追跡研究は、サンプルサイズが数十人でした。相関係数はr = .42〜.57と大きかった。でも、小さいサンプルで大きな効果が出た場合、「たまたま」の可能性を否定できない。

2018年のWatts、2024年のSperberは、同じ現象を数百人規模で追試した。結果、効果は大幅に縮んだ。これは、まさに「再現性危機」の典型的なパターンだと感じました。小規模研究で見つかった大きな効果が、大規模追試で縮小・消失する。

科学は「完璧な1本」ではなく「積み重ね」

とはいえ、本文の通りSperberの研究1本で「マシュマロ神話は完全に否定された」と断言するのも、科学的には早いでしょう。サンプルは全国代表ではないし、アウトカムは26歳時点の報告のみ。もちろん米国と日本で同じ結果が出るとは限らない。

でも、このシリーズで見てきたように、Watts(2018)、Benjamin(2020)、そしてSperber(2024)と、複数の研究が同じ方向を指している。「マシュマロ一発で人生が占える」という神話を支持するエビデンスは、どんどん弱くなっていることは確かだと思います。

人間は、シンプルで強い物語を好みます。「マシュマロを待てれば人生成功」は、わかりやすくて、行動を促す力がある。でも、現実はそんなに単純じゃない。

単純な物語を壊して、複雑な現実を受け入れる。、「うちの子、待てなかった……」と不安を抱える親御さんに、「大丈夫、そんな一発で決まりませんよ」と言えることには、意味があると思うのです。

マシュマロ一発神話は当たらない方向に傾いています。でも、子どもを取り巻く環境を豊かにすること、約束を守る大人でいること、自己制御をスキルとして育てること——その大切さは、何も変わっていません。むしろ、神話が壊れたからこそ、本当に大事なものが見えてきたのかもしれません。


参考文献

  • Sperber, J. F., Vandell, D. L., Duncan, G. J., & Watts, T. W. (2024). Delay of gratification and adult outcomes: The Marshmallow Test does not reliably predict adult functioning. Child Development, 95(6), 2015–2029.
  • Watts, T. W., Duncan, G. J., & Quan, H. (2018). Revisiting the marshmallow test: A conceptual replication investigating links between early delay of gratification and later outcomes. Psychological Science, 29(7), 1159–1177.
  • Shoda, Y., Mischel, W., & Peake, P. K. (1990). Predicting adolescent cognitive and self-regulatory competencies from preschool delay of gratification: Identifying diagnostic conditions. Developmental Psychology, 26(6), 978–986.
  • Kidd, C., Palmeri, H., & Aslin, R. N. (2013). Rational snacking: Young children’s decision-making on the marshmallow task is moderated by beliefs about environmental reliability. Cognition, 126(1), 109–114.
  • Moffitt, T. E., Arseneault, L., Belsky, D., Dickson, N., Hancox, R. J., Harrington, H., … & Caspi, A. (2011). A gradient of childhood self-control predicts health, wealth, and public safety. Proceedings of the National Academy of Sciences, 108(7), 2693–2698.
  • Duckworth, A. L., Tsukayama, E., & Kirby, T. A. (2013). Is it really self-control? Examining the predictive power of the delay of gratification task. Personality and Social Psychology Bulletin, 39(7), 843–855.
  • Benjamin, D. J., Laibson, D., Mischel, W., Peake, P. K., Shoda, Y., Steiny Wellsjo, A., & Wilson, N. L. (2020). Predicting mid-life capital formation with pre-school delay of gratification and life-course measures of self-regulation. Journal of Economic Behavior & Organization, 179, 743–756.
  • Open Science Collaboration. (2015). Estimating the reproducibility of psychological science. Science, 349(6251), aac4716.

マシュマロテストシリーズ連載

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