第二部:SNS時代に読み直す『ファスト&スロー』

書評

序文|2011年からSNS時代へ

2011年刊行の『ファスト&スロー』。日本語訳はそこから少し遅れ、2012年刊行です。当時を思い返すと、まだTwitterは今ほど世に溢れておらず、TikTokは影も形もなかった時代。

あれから十数年。私達は朝起きてまずスマホを確認、食事中も、移動中も、おそらく寝る直前までスクロールする生活になりました。

当時は「バズる」も「炎上」も一般的ではなかったにもかかわらず、私には本書が現代のSNS社会にこそ一石を投じる内容に思えます。

こんな世界に生きる私達こそ、本書を再読するべきかもしれません。現代版、ファスト&スローの読み方、という視点で書評をしていきましょう。

SNSは不合理の増幅装置

利用可能性ヒューリスティック

タイムラインに事故や炎上ニュースが連続すると「世の中はこればかり」と錯覚する。

代表性ヒューリスティック

インフルエンサーが「この勉強法で成功しました!」と発信すると、ただの一例なのに「普遍的真実」に見えてしまう。はたしてその裏に何人の失敗した人がいるのでしょう?

確証バイアス × アルゴリズム

「〇〇 危険」と一度検索すると、関連動画ばかりレコメンドされる。システム1は「ほらやっぱり!」と確信を深める。実はこれ、確証バイアスをAIが加速させる恐ろしい構造。

アンカリング効果

最初に見た投稿が「10万いいね」だと、それが基準になる。 次の「1万いいね」の正論が、なんだか説得力に欠けて見える。 数字という”錨”に思考が引っ張られるのです。

エコーチェンバー効果

これはファスト&スローでは言及されていませんが、本書を現代のSNS世界につなげるには極めてよい言葉なので紹介します。同じ意見ばかりがSNS等で繰り返し流れてくることで、確信が強化される。

SNSは、システム1の暴走を増幅する装置そのものです。

ヒューマンさんとエコノさん劇場

お祭り会場編

ヒューマン
ヒューマン

SNSって”システム1のお祭り会場”やな!

エコノ
エコノ

せや。利用可能性と代表性がごちゃまぜになって、エコーチェンバーで増幅される場所や。

ヒューマン
ヒューマン

つまりオレら毎日踊らされてるってことか!

エコノ
エコノ

せやからこそ、意識的にシステム2を起動せなあかんのや。

現代のフォロワー数競争編

ヒューマン
ヒューマン

フォロワー1万人の人の言うこと、なんか正しく聞こえるわ

エコノ
エコノ

それハロー効果や。数字に権威を感じてるだけやで

ヒューマン
ヒューマン

でも100人の人より説得力あるやん?

エコノ
エコノ

そのフォロワー、ホンマもんか?

ヒューマン
ヒューマン

…えっ?

不合理がない世界を想像する

ここまで人間の不合理を悪者のように扱っては来ましたが、もし不合理がゼロだったら――

  • スーパーで買い物するだけで大渋滞。内容量と金額計算する人でごった返す。
  • 恋愛や結婚は契約だけになり、文化や芸術も消える。
  • ゲームセンター等のエンターテインメント施設の消失
  • プレゼントの文化も消失

逆にシステム1だけなら――

  • デマを信じ放題、事故多発、文明崩壊。

合理と不合理のバランスの中で揺れる今こそが、人間らしいと思いますがいかがでしょう?

行動経済学三巨頭との比較

行動経済学を学ぶうえで、避けては通れない3人の巨頭がいます。

  • アリエリー:フランクに笑いを交えて不合理を語る。
  • カーネマン:ストレートに基礎を固める。
  • セイラー:マクロに制度や社会設計に応用する。

アリエリーで入門し、カーネマンで基礎を固め、セイラーで社会実装を見る。三者をつなぐと行動経済学の全体像が鮮やかに浮かび上がります。

今はそれぞれの理論をより一層日常に落とし込んだ本や、系統立てて整理した本も出版されていますが、原点に立ち返ると上記の3人につながることが多い印象です。

個人的な実感

SNS社会はまさに『ファスト&スロー』の実験場。利用可能性・代表性・エコーチェンバー…

毎日のタイムラインで、カーネマンが語った不合理がそのまま観察できます。だから私は今もこの本を「生活に常駐する辞書」として使っています。不合理を観察し、笑い、時に立ち止まる。それがSNS時代の生き方に直結しているのです。

締め|SNS時代の取扱説明書

『ファスト&スロー』は2011年に出た「不合理の百科辞典」。

でも今読み直すと、SNS時代の取扱説明書に見えてきます。率直に書くと

SNSや動画配信のプラットフォーム会社は、まず間違いなく行動経済学を縦横無尽に活用し、人間の特性を利用した方法で私達を自社のプラットフォームに誘導するようしています

そんな世の中であるからこそ、本書を読み

「企業の敷いた線路に、Noを突きつける」

という思考も必要ではないでしょうか?合理だけでも、不合理だけでも人間じゃない。揺れ動きながら生きるからこそ、人間は人間らしい。

だから――難しくても、この一冊にはやっぱり挑戦する価値があるのです。

正直、読みやすい本ではありません。長いし硬い。 それでも私はページをめくるたびに「ああ、やっぱり人間ってこうやねん」と何度も膝を打ちました。 実験室の話が、家庭や仕事やSNSにそのまま落とし込める。 この“自分事に直結する感覚”こそが、『ファスト&スロー』の真価だと思います。

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