- この記事でわかること
- なぜ人は「自分だけは大丈夫」と思うのか?
- コントロールの錯覚とは?心理学者ランガーの定義
- コントロールの錯覚を引き起こす4つの要因
- 【実験1】競争心が生む錯覚:相手が弱いと勝てる気がする
- 【実験2】自分で選ぶと当選確率が上がる?
- 【実験3】馴染みのあるものは当たりやすい?
- 【実験4】練習と操作が自信を膨らませる
- 【実験5】長く持つほど当たる気がする心理
- 【実験6】分割取得が自信を2倍にする
- 6つの実験でわかったコントロールの錯覚のメカニズム
- クレーンゲームの確率機で錯覚が起きる理由
- 運転者が交通事故リスクを過小評価する心理学的理由
- コラム:ソシャゲガチャの“操作演出”は、コントロールの錯覚を増幅するのか(仮説)
- まとめ:コントロールの錯覚が確率認知を歪める
- 補足事項
- 関連記事
- 参考文献
この記事でわかること
- 「コントロールの錯覚」の正式な定義
- ランガーが設計した6つの実験の詳細
- 錯覚を引き起こす4つの要因(競争・選択・馴染み・関与)
- なぜ運転者は「自分は大丈夫」と思い込むのか
なぜ人は「自分だけは大丈夫」と思うのか?
前回こんな記事を書きました
なぜ宝くじは”当たりそう”で、99%でも日和るのか?確率重み関数で読み解くプロスペクト理論
カーネマンとトヴェルスキーのプロスペクト理論における確率加重関数(確率重み関数)によれば、人は低い確率をつい盛って評価しがちという話です。だから私たちは宝くじを買うし、飛行機事故を必要以上に怖がる。
……ところがです。
交通事故の確率を過小評価する心理
試しに、友人や職場の人に聞いてみました。「自分がこの1年で交通事故をおこす確率、どれくらいだと思う?」返ってきた答えは、だいたいこんな感じ。
- 「0.01%くらいちゃう?」
- 「多くても0.1%もないやろ」
- 「俺は絶対起こさへん(謎の確信)」
みんな、わりと低く見積もる。でもここに、罠がある。実際に計算してみました。
交通事故率 = (死亡者数2,663人 + 重傷者数27,285人 + 負傷者数344,395人) / 免許証保有者数81,742,303人
概ね0.46%。 ※出典とこの計算の落とし穴は記事最後の補足事項を参照
実はこれ、結構な確率です。例えば50年車を運転すると、かなり大きくなる。
- 50年間「一度も事故らない」確率:(1−0.0046)^50≒80%
- 50年間で「一回でも事故る」確率:1 − (1−0.0046)^50≒20%
宝くじ・飛行機・交通事故で確率認知が逆転する理由
| 事象 | 客観的確率 | 主観的評価 |
|---|---|---|
| 年末ジャンボ宝くじ1等当選 | 0.000005% | 「当たるかも!」(過大評価) |
| 飛行機事故 | 1フライトあたり約0.0001%※ | 「怖い…」(過大評価) |
| 交通事故 | 年間約0.46% | 「自分は大丈夫」(過小評価) |
※IATA 2024年報告書より。死亡事故に限らず全事故を含む。死亡リスクはさらに低い。
これを見ると、同じ人間が、同じ「確率」に対して、過大評価と過小評価を使い分けてると考えられます。この”逆転”を説明する鍵が、1975年に心理学者エレン・ランガーが提唱した「コントロールの錯覚(Illusion of Control)」です。
本記事で原典論文をベースに、なぜ「運っぽい事象」で人が自信過剰になるのかを、6つの実験で追いかけます。
(厳密には、プロスペクト理論の確率加重は「見積もった確率をどう重みづけするか」の話。本記事で扱うのは「そもそも確率をどう見積もるか」という、その一歩手前の歪み。詳しくは補足事項を参照)
俺は絶対事故しないけどな?舐めんな俺の安全運転。
あんたが安全運転なのは知っとる。でも相手がそうじゃない場合もあるし、道路状況もある。つまり運転って、実力要素もあるけど運要素も混ざるんや。
ソシャゲの1%ガチャも同じで、1回は1%でも、50回回したら「出る確率」は 1−0.99^50 ≒ 39.5%(約40%) まで上がる。で、人はこの”積み上げ”をナメがちやし、さらに厄介なのが――「それでも俺ならいける」って思っちゃうことや。ここからがランガーの話。
コントロールの錯覚とは?心理学者ランガーの定義
論文情報
Langer, E. J. (1975). The Illusion of Control. Journal of Personality and Social Psychology, 32(2), 311-328.
定義(原文より)
“An expectancy of a personal success probability inappropriately higher than the objective probability would warrant.”
(客観的な確率が保証するよりも、不適切に高い個人的成功確率への期待)
ざっくりとまとめると、「自分だけは成功確率が高い」という根拠のない自信のこと。
スキル状況とチャンス状況:錯覚が生まれる仕組み
出発点はシンプルな問いでした。「なぜ人は、自分ではコントロールできない状況でも、コントロールできると思い込むのか?」ランガーは人間が直面する状況を2つに分類したのです。
| 状況 | 特徴 | 例 |
|---|---|---|
| スキル状況 | 結果が能力・努力に依存する | テスト、スポーツ、仕事 |
| チャンス状況 | 結果が完全にランダム | 宝くじ、サイコロ、ルーレット |
理論的には、チャンス状況では「自分の成功確率」と「客観的確率」は一致するはずです。サイコロの目は、誰が振っても1/6ですね。ところが、実験してみると話が違ってきました。
コントロールの錯覚を引き起こす4つの要因
ランガーの発想はこのようなものでした。実力ゲー(テスト、スポーツ)と運ゲー(宝くじ、サイコロ)は本質的に違う。でも実力ゲーには、特有の「手がかり」がある。
- 競争(Competition):相手と勝負する
- 選択(Choice):自分で選ぶ
- 馴染み(Familiarity):慣れている
- 関与(Involvement):自分で操作する
これらは実力ゲーでは腑に落ちるわけです。競争は相手が弱ければ勝ちやすいし、慣れれば上達する。作戦を選んだり、もちろん操作もする。じゃあ、これらの要素を運ゲーに持ち込んだらどうなる?ランガーはこの問いを、6つの実験で検証しにいったのです。
【実験1】競争心が生む錯覚:相手が弱いと勝てる気がする
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 目的 | 「競争」というスキル状況の要素が、純粋な運のゲームに持ち込まれたとき、コントロールの錯覚が生じるかを検証 |
| 被験者 | イェール大学の男子学部生36名(各条件18名) |
| 手順 | 被験者が部屋に入ると「もう一人の被験者」(実際はサクラ)が待機。約10分間の雑談の後、カードゲームを実施 |
| 条件 | Dapper条件(自信満々の相手) vs Schnook条件(おどおどした相手) |
| ゲームルール | デッキから1枚ずつカードを引き、高いカードが勝ち。4ラウンド実施。カードは裏向きのまま |
| 測定項目 | 賭け金(0〜25セント)、相手の対人能力(6段階評価) |
結果
| 条件 | 4回平均賭け金 | 初回賭け金 |
|---|---|---|
| Dapper(強そう) | 11.04セント | 9.28セント |
| Schnook(弱そう) | 16.25セント | 16.72セント |
弱そうな相手には約1.5倍の賭け金(p<.025)
解釈
カードの出目は相手の態度と無関係。なのに「弱そうな相手なら勝てる」と感じてしまう。スキルゲームの思考パターン「相手が弱い→勝ちやすい」が、純粋な運ゲーに侵食した。
本来相手の態度なんか全然勝負に影響せえへんはずなのに、掛け金を変えてるんや。これ競争の概念が運ゲーに持ち込まれた証拠になんねん。
【実験2】自分で選ぶと当選確率が上がる?
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 目的 | 「選択」というスキル状況の要素が、宝くじの主観的価値にどう影響するかを検証 |
| 被験者 | ロングアイランドの2社(保険代理店・製造会社)の成人事務職員53名 |
| 手順 | 1973年スーパーボウルの1週間前に実施。実験者が各オフィスを回り、1ドルの宝くじチケットを販売 |
| 条件 | 選択条件(227枚の箱から好きなカードを選ばせる) vs 無選択条件(選択権なし) |
| 測定項目 | 抽選日の朝に「別のオフィスの人があなたのチケットを買いたがっている。いくらなら売る?」と質問 → 売却希望価格を測定 |
結果
| 条件 | 平均売却希望価格 |
|---|---|
| 選択条件 | $8.67 |
| 無選択条件 | $1.96 |
自分で選んだくじに4倍以上の価値(p<.005)
解釈
当選確率は同じ。なのに「自分で選んだ」という事実だけで、そのくじに高い価値を感じる。選択という行為が「コントロールしている」感覚を生み出し、主観的な当選確率を押し上げた。
よくコントロールの錯覚で言及されるのはこの実験やな。自分で選んだ宝くじの方が価値を高く感じるねん。自分で選択したってことに価値を感じてるわけや。
【実験3】馴染みのあるものは当たりやすい?
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 目的 | 「馴染み(親しみやすさ)」と「選択」がコントロールの錯覚に与える影響を、2×2要因計画で検証 |
| 被験者 | 実験2と同じ2社の成人男性事務職員52名(各条件13名) |
| 実験計画 | 2×2要因計画:選択 vs 無選択 × 親しみあり(アルファベット) vs 親しみなし(抽象記号) |
| 手順 | 2つの宝くじを同時実施(賞金$25、チケット$1、26枚限定)。被験者はどちらか一方に参加 |
| 測定項目 | 抽選2日前に電話で「26人の宝くじから20人の宝くじへ交換する?」と提案 → 交換 vs 保持(交換すると1/26 → 1/20に当選確率アップする) |
結果
| 条件 | 文字(親しみあり) | 記号(親しみなし) |
|---|---|---|
| 選択 | 62% 保持 | 38% 保持 |
| 無選択 | 38% 保持 | 15% 保持 |
両要因で有意な主効果(p<.05)。「選択×親しみあり」が最強、「無選択×親しみなし」が最弱(85%が合理的に交換)。
解釈
シンボルの種類は結果に無関係。でも「知っているもの」を使うとコントロールできる気がする。「選択」+「馴染み」の組み合わせが錯覚を最大化。
この実験はわかりにくい。いわゆる慣れを持ち込んだんや。わけのわからん記号より馴染みのある文字が書かれているとよりその宝くじを保持したって内容や。実力ゲーも初見のものより1回でもやったことがある方がなんか勝てる気がするやろ?
【実験4】練習と操作が自信を膨らませる
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 目的 | 「練習による馴染み」と「能動的関与(自分で操作)」がコントロールの錯覚に与える影響を検証 |
| 被験者 | 南ニューイングランド電話会社の成人従業員60名(各条件15名) |
| 実験計画 | 2×2要因計画:練習あり vs 練習なし × 自分で操作 vs 実験者が代理操作 |
| 装置 | 3本の経路がある箱。スタイラスで1本を選んで進む。ランダムに1本だけがブザーを鳴らす(完全に偶然) |
| 測定項目 | 自信度「正しい経路を選べる自信は?」(1〜10点)、チェスチャンピオンとの比較「5回試行でチェスチャンピオンと比べてどう?」(1〜10点) |
結果
| 練習 | 自分で操作 | 実験者が操作 |
|---|---|---|
| あり | 6.07 | 5.67 |
| なし | 5.67 | 3.80 |
両要因で有意(いずれもp<.05)
チェスチャンピオンとの比較(5回試行での相対的パフォーマンス予測)
| 練習 | 自分で操作 | 実験者が操作 |
|---|---|---|
| あり | 7.00 | 5.67 |
| なし | 5.33 | 4.53 |
両要因で有意(練習 p<.01 / 関与 p<.05)
解釈
完全に運任せのゲームなのに、「慣れた」「自分でやった」という感覚がスキル状況の錯覚を生む。
ここで「チェスチャンピオンとの比較」という質問が巧妙です。本来、3本の経路から正解を当てるこのゲームは完全に運任せ。誰がやっても成功確率は1/3で、チェスの腕前は一切関係ない。なのに被験者たちは「チェスチャンピオンより上か下か」という質問に、5点(同等)を中心に回答しています。もしこれが純粋な運ゲーだと理解していれば、「比較なんて無意味」と答えるか、全員同じ評価になるはず。つまり、この質問に差が出ること自体が、被験者が「このゲームにはスキルが関係する」と無意識に思い込んでいる証拠なのです。
運ゲーに練習時間を設けたり、人にやらせるか自分でやるかを比較したんや。したら練習したり自分でやったほうがうまくいくと感じる人が増えたんやな。あげく全く関係ないチェスプレイヤーとの比較ってのをしたんや。これ意味ありそうでないんや。だって運ゲーやもん。それなのに各群で差が出てるってこと運ゲーを実力ゲーと考えた証拠になるんやな。
【実験5】長く持つほど当たる気がする心理
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 目的 | 宝くじを「持っている時間」が長くなると、コントロールの錯覚が強まるかを検証 |
| 被験者 | ヨンカーズ競馬場(景品プレゼントナイト)の来場者409名 |
| 手順 | 入場時に全員が宝くじチケットを受け取り、第9レース後に抽選。実験者が3つの時点(入場直後・中盤・抽選直前)でランダムに声をかけアンケート |
| 測定項目 | 「あなたのチケットが選ばれる自信は?」(1〜10点)を3時点で測定 |
結果
| 性別 | T1(入場直後) | T2(中盤) | T3(抽選直前) |
|---|---|---|---|
| 男性 | 3.14 | 3.35 | 4.05 |
| 女性 | 4.10 | 3.92 | 5.11 |
時間とともに自信が増加(p<.01)。女性のほうが高い。
解釈
当選確率は変わらないのに、「持っている時間が長い」と関与感が増し、自信が膨らむ。
こっから先は時間とか頻度の話や。長く宝くじを持ってるとなんか自信が膨らむって謎の現象や。時間経過=関与ってことで考えてデザインされた実験やな。
【実験6】分割取得が自信を2倍にする
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 目的 | 宝くじを「分割して受け取る」と、コントロールの錯覚が強まるかを検証 |
| 被験者 | ニューヨークのオフィス勤務者41名 |
| 条件 | 高関与条件(3日間に分けて1桁ずつ受け取る=3回考える機会) vs 低関与条件(3桁すべてを一度に受け取る=1回だけ) |
| 測定項目 | 抽選前日に「確率が上がる別の宝くじと交換する?」と提案 → 交換 vs 保持、「当選の確信度」(1〜10点) |
結果
| 条件 | 保持率 | 自信度 |
|---|---|---|
| 高関与(分割) | 63.6% | 6.45 |
| 低関与(一括) | 31.6% | 3.00 |
高関与条件は保持率2倍、自信度も2倍以上(p<.005)
解釈
最終的な当選確率は同じ。でも「3日間かけて手に入れた」という経験が関与感を高め、主観的な当選確率を押し上げた。実験5が「時間経過による自然な蓄積」だったのに対し、実験6は「意図的に分割して思考回数を増やす」設計。どちらも受動的関与の蓄積がコントロールの錯覚を強める証拠。
これもさっきと似てるけど、宝くじを意識させる回数で差を見たんや。なぜか3回分割で受け取ったほうが自信が膨らんだんや。これも関与の概念を確認しに行った実験や。
6つの実験でわかったコントロールの錯覚のメカニズム
6つの実験を通じて、ランガーは一貫したパターンを発見したわけです。「完全に運のゲームなのに、「実力ゲーっぽい要素」が1つでもあると、人は自分の勝率を盛る。」以下に実験のまとめをしましょう。
| 要素 | トリガー | 何が起きた? |
|---|---|---|
| 競争 | 相手が弱そう | 賭け金が1.5倍に(実験1) |
| 選択 | 自分で選んだ | くじの価値が4倍に(実験2) |
| 馴染み | 知ってる記号 | 有利な交換を拒否(実験3) |
| 関与 | 自分で操作・長く持つ | 自信が2倍に(実験4-6) |
どの要素も、本来は結果に影響しない。相手が弱くてもカードの出目は変わらないし、自分で選んでも当選確率は同じ。特に実験3なんて、当選確率が上がるにもかかわらず、自分が選んだくじを手放そうとしませんでした。期待値で言えば交換が正解です。
でも人間の脳は、これらを「実力が発揮できる状況」として読み取ってしまう。結果、運ゲーなのに「俺ならイケる」と思い込む。これがコントロールの錯覚の正体といえます。
だってなんか自分でやったほうが勝ちそうやん。俺が引いたカードや宝くじやで?
お前の手にはなんか宿っておんのか?中2か?宝くじは選ぼうが何しようが、期待値は一切変わらへん。カードめくりもランダムや。
クレーンゲームの確率機で錯覚が起きる理由
ランガーの実験は1975年(半世紀前!)のものなので、現代の例で考えてみましょう。私が以前記事にした、クレーンゲームの確率機を例に挙げます。ゲームセンターにあるクレーンゲーム(UFOキャッチャー)。その中には「確率機」と呼ばれるタイプがあります。
確率機とは
一定金額を投入するとアームが強くなり、景品が取れるようになる台のようです。設定はさまざまで、厳密な定義はできませんが、「店側が取れやすさを調整できる台」と考えてよいでしょう。本質的には宝くじと同じ「チャンス状況」です。確率機を深掘りした記事は以下をご参照ください。ゲーセンで学ぶ経済学!確率機の罠と親の役割とは?
でも「俺ならイケる」と思ってしまう
確率機だとわかっていても、こんな気持ちになったことはないでしょうか?
- 「あの位置なら取れそう」
- 「さっきの人より上手くできる」
- 「私ならあの微妙な調整ができる」
そう。なぜか「自分なら取れる」と思ってしまうのです。
ランガーの4要素で分析すると
| 要素 | クレーンゲームの場合 |
|---|---|
| 競争 | さっきの人よりうまくやれそう |
| 選択 | 自分で台や狙う景品を決める |
| 馴染み | 何度もプレイして練習している |
| 関与 | 自分でレバーを操作できる |
4つすべてが揃っている。結果が確率で決まる「チャンス状況」なのに、スキル状況の手がかりが満載。だから「確率機」だと頭ではわかっていても、「自分ならコントロールできる」と錯覚してしまう。これがランガーの言う「コントロールの錯覚」の正体です。
運転者が交通事故リスクを過小評価する心理学的理由
ランガーの4要素を、冒頭のクルマの運転に当てはめてみましょう。もちろん運転については運転者の力量も十分に関与していますが、道路状況や他の車の影響など運の要素も関与します。
| 要素 | 運転の場合 |
|---|---|
| 競争 | 他のドライバーと比較できる |
| 選択 | 自分で車・ルート・到着時間を選ぶ |
| 馴染み | 毎日運転している車・ルート |
| 関与 | 自分でハンドルを握る |
4つ全部揃っている。だから運転者は、客観的なリスク(1年0.46%、50年で約20%)を「自分には当てはまらない」と感じてしまう。
2024年のMS&ADインターリスク総研の調査(N=1,000)でも、75〜79歳男性の78.7%が「運転に自信がある」と回答している。客観的にはリスクが高まる年齢層で、主観的な自信はむしろ高くなる。
これが「コントロールの錯覚」の威力です。 もちろん、運転には技術が必要です。しかし、『もらい事故』や『路面凍結』といった運の要素(チャンス状況)まで、自分の技術で100%カバーできると思い込んでしまうのが、コントロールの錯覚の恐ろしさです。
俺、安全運転心がけてるけど、確かにもらい事故はどうしようもないな。止まってるとこ突っ込まれたりしたらどうしようもないな。
せやな。実力・技術はもちろん必要だが、運の要素もある。その運の要素を考えないのは自分ですべてコントロールできるという幻想なんやろな。
コラム:ソシャゲガチャの“操作演出”は、コントロールの錯覚を増幅するのか(仮説)
ここからは原典の結果ではなく、私の仮説です。ソシャゲのガチャって、結果は確率で決まっているのに、わざわざ「タップさせる」「引かせる」「開封させる」など“操作の儀式”が入ることが多い気がします。
この演出は、ランガーの枠組みでいう 関与(Involvement) と 選択(Choice) を人工的に足して、「自分が回している」「自分のタイミングが良かった」という感覚=コントロール感を作り、 主観的な当たりやすさ(成功期待)を盛っている可能性があると感じます。ただし、これが“意図された罠”かどうかは断定できない。設計上の盛り上げ演出やシステムの都合として最適化された結果、そう見えるだけかもしれないですけどね。
まとめ:コントロールの錯覚が確率認知を歪める
- コントロールの錯覚とは「客観的確率より自分の成功確率を高く見積もる」心理現象
- ランガーは「競争・選択・馴染み・関与」の4要素が錯覚を引き起こすことを6つの実験で実証
- 運ゲーに実力ゲーの要素が混ざると、人は自分の勝率を盛る
- 錯覚があると事故率を過小評価=無事故確率を過大評価(「自分は大丈夫」)
プロスペクト理論の確率重み関数でみた、低確率の過大評価・高確率の過小評価を以前の記事で書きました。今回はこれだけでは説明できない確率の歪みの現象を詳しく見ていきました。コントロールの錯覚による確率の歪み。交通事故を過小評価し、クレーンゲームは自分なら取れると思う。自分で物事をコントロールできるということは、それだけで根拠のない自信が生まれてしまう。
この視点を持つことで、私たちは自分の判断の歪みを補正できるようになります。「自分でコントロールできる要素はどこまでか?」と問い直すのです。できない範囲は素直に認める。そんな割り切りもきっと大事なのでしょう。
補足事項
交通事故率の計算
本文中の以下について。
交通事故率 = (死亡者数2,663人 + 重傷者数27,285人 + 負傷者数344,395人) / 免許証保有者数81,742,303人 で概ね0.46%。
1回の事故で複数の負傷者が出る場合もあるので参考値です。加えて、この分子は運転者だけでなく同乗者・歩行者なども含み得て、分母も「実際に運転する人」に限っていないため、”運転者本人が事故に遭う確率”の厳密値ではありません。ただ「ゼロ感覚で見積もりがち」という論点には十分なオーダーです。
出典:
- 令和6年における交通事故発生状況について 令和7年2月27日警察庁交通局
- 運転免許統計令和6年版 警察庁交通局運転免許課
プロスペクト理論との対比を厳密に解説
本記事で扱った「確率の歪み」と、プロスペクト理論の確率加重関数は、厳密には異なるレイヤーの話です。
- プロスペクト理論の確率加重:すでに見積もった確率を、意思決定でどう重みづけするかの歪み
- 本記事の交通事故の問い:そもそも確率をどう見積もるかの歪み
ただし、どちらも「確率が主観で歪む」という現象を扱っている点では共通しています。さらに、後続研究で明らかになった「記述的(description-based)」と「経験的(experience-based)」という区別も重要です(Hertwig et al., 2004)。
- 記述的:「当選確率1%」のように確率が明示される状況 → 低確率を過大評価しやすい
- 経験的:実際に繰り返し体験して確率を学ぶ状況 → 低確率を過小評価しやすい(稀な事象を経験しないから)
交通事故は典型的な「経験的」状況です。毎日運転しても事故に遭わない経験が積み重なると、「自分は大丈夫」という感覚が強化される。これにコントロールの錯覚が加わることで、過小評価がさらに強まると考えられます。
宝くじ等の表現について
本記事は理論解説を目的としており、特定の金融商品・投資手法・ギャンブルを推奨・勧誘するものではありません。記事内で取り上げている宝くじの事例は、人間の心理的傾向を説明するためのモデルケースです。投資や資産運用に関する最終的な決定は、ご自身の判断と責任において行っていただけますようお願いいたします。本記事の情報に基づいて被ったいかなる損害についても、当方は一切の責任を負いかねます。
関連記事
参考文献
- Langer, E. J. (1975). The Illusion of Control. Journal of Personality and Social Psychology, 32(2), 311-328.
- Kahneman, D., & Tversky, A. (1979). Prospect Theory: An Analysis of Decision Under Risk. Econometrica, 47(2), 263-291.
- Tversky, A., & Kahneman, D. (1992). Advances in prospect theory: Cumulative representation of uncertainty. Journal of Risk and Uncertainty, 5(4), 297–323.
- Hertwig, R., Barron, G., Weber, E. U., & Erev, I. (2004). Decisions from Experience and the Effect of Rare Events in Risky Choice. Psychological Science, 15(8), 534-539.
- IATA 「IATA Annual Safety Report – 2024」
- 警察庁交通局「令和6年における交通事故発生状況について」
- 警察庁交通局運転免許課「運転免許統計 令和6年版」
- MS&ADインターリスク総研「高齢者の自動車運転に関する実態と意識について〜アンケート調査結果より(2024年版)」




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