導入
ちょっと前まで、マシュマロテストの記事ばかり書いていました。1972年のオリジナル、Kidd 2013、Watts 2018、Moffitt・Duckworth・Benjaminらの議論、Sperber 2024、そしてシリーズのまとめ。一本ずつ論文を追って、追試と批判の流れを丁寧に並べる作業を、ゴリゴリと続けてきたわけです。書いている途中、ふと別のことを思いました。
これ、よく考えたら大人の話ではないか、と。
実験室の子どもの自制心の話としてさんざん検討してきましたが、視点を一段ずらしてみると、マシュマロを我慢している主役は別にいる気がしてくる。本筋の記事には書けなかったけれど、書きながら頭の片隅でずっと動いていた、そういう寄り道です。
今回は肩の力を抜いて、その寄り道のほうを書きます。
寄り道その1:子どもの自制心の話ですらない
マシュマロテストは、後年やり直されています。詳しくは過去に書いた記事があるので、興味があれば参照してみてください。
結論だけ言うと、効いていたのは「我慢する力」ではなく「家庭環境の安定」のほうだった可能性が高いというものです。「自制心が将来を決める」ではなく、「信頼できる環境が将来を作る」になりました。この時点で、マシュマロテストの主役は、もう子どもではない気がしてきます。
寄り道その2:私が0歳の子にやったこと
うちの子が0歳のとき、子の名義で証券口座を作り、80万円入れました。オルカンとS&P500です。
正直、80万円あれば他の使い道もありました。旅行に行こうという話もありましたし、当時のパソコンも古くなっていて買い替えたかった。自分たちへのご褒美があってもよかったはずです。それを全部、口座に放り込みました。
ここで計算してみます。長期の実質リターンを年7%として、80万円は18年後に約270万円になります3.4倍。
これだけでも、まあ強い。本番はここからです。
18歳の時点で270万円。これをさらに47年放置します。子が65歳になるころ。複利7%として、ざっと6,500万円になります。(インフレ、税金、リターンの数値の妥当性は一旦置いておきます)
ここで気づきました。これは、私がマシュマロを我慢した話ではありません。子に、18年後のマシュマロを渡している側の話です。
寄り道その3:二段ロケット
第1段、0歳から18歳までの18年。これは私の意思決定です。80万円を入れて、触らずに置いておく。マシュマロを18年我慢するのは、子ではなく私。
第2段、18歳から65歳までの47年。これは子の意思決定です。270万円を学費に使うか、留学に突っ込むか、起業の元手にするか、そのまま回すか。マシュマロを47年我慢するか、別のマシュマロに化けさせるかを決めるのは、子です。
二人で1本のリレーをやっています。面白いのは、第2段のスタート地点、つまり18歳で子に渡る瞬間です。
そこに270万円の現物がある。
「マシュマロを我慢したらこうなる」を、抽象ではなく、口座残高として見せられる。教科書の説教より、たぶん100倍効きます。
普通の金融教育は「複利は強い」と言葉で伝えます。これは、18年運用した結果の現物を、物として渡します。子は、抽象としての「我慢」ではなく、事実としての「我慢の成果」を受け取ります。ここで一段目の我慢が、二段目の我慢の燃料になります。
寄り道その4:270万円を渡すだけでは足りない
最後に、ひとつ。270万円の現物だけを渡すと、たぶん失敗します。人は、もらった金を労せず得たものとして浪費しやすいものです。行動経済学でいうハウスマネー効果、つまりメンタルアカウンティングの中の典型例ですね。「自分で苦労して稼いだ金」と「ぽっと手に入った金」を、心の中で別の財布に入れて扱ってしまう。
18歳の子から見れば、それは親の18年ではなく、自分の口座にある金です。物だけ渡すと、リレーが切れます。では、何を渡すか。数字ではなく、18年の物語を渡すしかありません。
- 「お前が0歳のとき、80万円入れたんだ」
- 「あの年、お母さんと温泉に行こうという話もあった」
- 「パソコンも古くなっていたけれど、買い替えを我慢した」
- 「お前の65歳の自由のために、0歳から見ていた」
- 「お前が物心つく前から、18年後の今日のために置いておいた」
この物語と一緒に渡されると、270万円は「自分のもの」ではなく「リレーのバトン」になります。同じ口座残高に、別のラベルを貼る。ハウスマネー効果に飲み込まれないために、メンタルアカウンティングを、親の側から18年がかりで意図的にデザインする、と言い換えてもいいかもしれません。
そこでようやく、18年が意味を持つ事実として子に着地します。
「0歳から、お前の自由のために見ていた親がいる」
これは、たぶん口座残高270万円よりずっと重いものになるのではないでしょうか?
念のため言っておくと、子がどう使うかは子の自由です。
47年寝かせてもいい。半分使って半分回してもいい。留学や大学院に全額突っ込むのもありですし、その頃やりたい何かの元手に化けさせるのもありです。270万円の市場リターンを上回る人的資本への投下があるなら、そちらのほうが合理的なことも普通にあります。
親が決めるのは、80万円入れるところまで。18歳以降は、子の判断です。
ただ、ストーリーだけは渡しておくべきだと思います。何に使うにせよ、「これは親が18年見ていたバトンだ」という事実が乗っているかどうかで、使い方の重さが変わります。回し続ける選択も、人的資本に投下する選択も、その重さの上で選んでほしいと思っています。
少なくとも、眼の前の快楽に消費することはないのではと思っています(頼む、そうであってくれ!笑)。このあたりは18歳までの親と子の関係が問われるところでしょうね。
まとめ
ここまで書いてきて、自分でツッコミたくなります。マシュマロテストの話をしていたはずなのに、いつのまにか投資と、親が子の老後まで見据えていた話になっています。
しかも、これは全部「持てる者の発想」枠の話だと自覚しています。80万円をポンと入れられる余裕がある人間の話だ、とのご批判もあるでしょう。
とはいえ、当時の私たちからすれば、それは「使える80万円」でした。温泉やパソコンに化けたかもしれない80万円を、まだ口がきけない赤ん坊の口座に18年寝かせる。我慢といえば我慢、酔狂といえば酔狂だったと思います。
マシュマロテストは、子どもの自制心の話だけではありませんでした。親が子の何年先まで見ているかの話にまで広げることができます。見ているからといって、子の選択を縛る話でもありません。バトンだけ渡して、走るコースは子が決める。子どものテストだと思っていたものが、実は親のテストで、しかも18年スパンで採点される。そういう寄り道に着地しました。
※この記事は、行動経済学の視点から「時間と複利の構造」を考察した個人的なエッセイです。特定の金融商品の購入を推奨するものではありません。


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