サンクコスト効果を原典論文から解説|Arkes & Blumer (1985)

原典解説 Arkes & Blumer (1985) 原典解説
この記事でわかること

  • サンクコスト効果の定義と、原典 Arkes & Blumer (1985) が何を確かめた論文なのか
  • 実際にお金を払った人たちの行動で示された証拠(劇場の回数券実験)
  • 「払った人ほど、成功の見込みまで甘くなる」という飛行機の実験
  • 論文が推す説明:「損を確定させたくない」と「無駄に見えたくない」
  • 経済学を学んでも、サンクコスト効果は減らなかったという結果


導入:子どもは帰りたいのに、親が帰れない

日曜の朝、雨。行き先は、子どもとよく行く室内遊び場です。料金は1時間1000円、延長は30分ごとに700円。そして3時間パックが2000円。1時間で入って30分ずつ延長していくと、2時間で2400円になります。つまり2時間遊べば、3時間パックの元が取れる。いつものように、3時間パックで入りました。

最初の1時間は最高でした。ボールプールに飛び込み、滑り台を何往復もし、トランポリンで跳ねる。子どもは汗だくです。

1時間を過ぎたあたりから、少し様子が変わります。同じ滑り台を3回すべったあと、子どもは床に寝転がって天井を見ています。「もう帰る」。時計を見ると、入ってからまだ1時間10分。1時間で入っていれば1000円、延長しても1700円で済んだ。いま帰ったら、3時間パックはただの損な買い物になる。あと50分いれば、元が取れるのに——。

「ほら、あっちのボルダリングまだやってへんやん」。子どもの手を引いて、もう一度中へ戻る私がいました。

ヒューマン
ヒューマン

もったいないやん。2000円やで。元取らな。

エコノ
エコノ

その「元」って、いまから30分いたら戻ってくるんか?

ヒューマン
ヒューマン

……戻ってはこうへんけど。

エコノ
エコノ

せやろ。2000円は、帰っても残っても、もう払ったあとや。今日の話は、その「戻ってこない支払い」が、なんで人の足を止めるんかっていう話や。

サンクコスト効果とは?──今回読む原典

サンクコスト効果(sunk cost effect)とは、お金・労力・時間をいったん投じると、その取り組みを続けようとする傾向が強まることです。サンクコスト(埋没費用)とは、すでに支払っていて、どう選んでも取り戻せない費用のことを言います。

経済学の教科書どおりに考えるなら、判断に使うべきなのは「これから先にかかる費用」と「これから先に得られる利益」だけです。過去の支払いは、続けても、やめても変わりません。だから判断に入れてはいけない。これが合理的な意思決定の約束ごとです。

ところが人間は、そう動かない。今回読んでいく原典はこちらです。

Arkes, H. R., & Blumer, C. (1985). The psychology of sunk cost. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 35(1), 124–140. https://doi.org/10.1016/0749-5978(85)90049-4

この論文の結論(先にいいます):すでに払ったお金は、これからの損得に関係ないはずなのに、人の判断を動かす。しかも実際のお金を使った現場でも起き、経済学の授業で習っても減らなかった。

サンクコスト効果の古典として知られています。著者たちは冒頭で、この不合理なふるまいを「サンクコスト効果」と呼ぶと宣言しています。質問紙の実験と現場の実験を合わせて10本の実験を行い、「この効果は本当にあるのか」「なぜ起きるのか」の両方を検討しています。

論文が最初に置いた2つの例

論文の書き出しは、少し意外です。1981年11月、アメリカの上院議員2人の発言から始まります。

To terminate a project in which $1.1 billion has been invested represents an unconscionable mishandling of taxpayers’ dollars.

Completing Tennessee-Tombigbee [Waterway Project] is not a waste of taxpayer dollars. Terminating the project at this late stage of development would, however, represent a serious waste of funds already invested.

テネシー=トムビッグビー水路という巨大な公共事業について、「11億ドルも投じた事業をやめるのは、税金の無責任な扱いだ」「いまやめれば、すでに投じた資金を大きく無駄にする」と議員たちは述べていました。どちらも、すでに使ったお金を「続ける理由」にしている発言です。

続いて、経済学者リチャード・セイラーが考えた例が紹介されます。ラジオ局の懸賞でフットボールの試合のチケットをタダで当てた男が、友人を誘います。友人は自分で12ドル払ってチケットを買いました。ところが当日はひどい吹雪。当選した男は「吹雪の中を行く辛さのほうが、試合の楽しさより大きい」と言って行くのをやめようとします。すると12ドル払った友人が抗議します。「12ドルを無駄にしたくない。行きたい」。

ヒューマン
ヒューマン

いや、友だちの気持ちわかるわ。俺も絶対行く。

エコノ
エコノ

そこが論文の出発点や。行くかどうかは「吹雪の辛さ」と「試合の楽しさ」の比べっこで決まるはずで、12ドルは行っても行かんでも戻ってこん。それでも払った人だけが行きたがる。この「払ったかどうか」だけで行動が変わる現象を、10本の実験で確かめにいったのがこの論文や。

導入の遊び場とまったく同じ構造です。3時間パックの2000円は、いま帰っても残っても戻ってきません。ここから、論文の証拠を順番に見ていきます。


本当に起きるのか:スキー旅行と劇場の回数券(実験1・2)

最初のブロックでわかるのは、「サンクコスト効果は、頭の中の思考実験だけでなく、実際のお金を払った人の行動にも出る」ということです。著者たちは、ほかの説明が入り込みにくい「純粋な」ケースとして、この2つの実験を置いています。

実験1:楽しくないほうの旅行を選ぶ

大学生に、こんな場面を想像してもらいました。

  • ミシガンへの週末スキー旅行のチケットを100ドルで買った。
  • 数週間後、ウィスコンシンへのスキー旅行のチケットも50ドルで買った。こちらのほうが楽しめそうだと思っている。
  • ところが2つは同じ週末だった。どちらも払い戻しも転売もできない。どちらに行くか。

経済学どおりなら、答えは全員「ウィスコンシン」です。どちらのチケット代もすでに払っていて戻ってきません。なら、楽しいほうに行けばいい。結果はこうでした。

どちらの旅行に行くか

選んだ旅行人数
100ドルのミシガン
(楽しくないと思っているほう)
33人
50ドルのウィスコンシン
(楽しいと思っているほう)
28人

楽しいはずのウィスコンシンを選んだのは、61人中28人(46%)にとどまりました。61人中33人の学生が、自分で「楽しくない」と思っているほうの旅行を、高かったからという理由で選んだことになります。

ヒューマン
ヒューマン

楽しくないほう選ぶんかい。100ドルに引っ張られすぎやろ。

エコノ
エコノ

ただな、これは紙の上の質問や。本物のお金は動いてへん。「どうせ仮定の話やから」と言われたら、反論しにくい。そこで著者たちは、本物のお金でやってみた。

実験2:定価で買った人ほど劇場に通った

実験2は、この論文でいちばん価値のある実験です。舞台はオハイオ大学の劇場。1982〜83年シーズンの年間チケット(シーズン中の10演目を観られる回数券)を買いに窓口に来た、最初の60人が対象になりました。

窓口の係員は、買いに来た人に、あらかじめランダムに並べておいた3種類のチケットのどれかを売りました。

3つのグループ(割引は「劇場のキャンペーン」と説明)

グループ支払額最終的な人数
定価15ドル18人
2ドル引き13ドル19人
7ドル引き8ドル17人

割引はランダムに決まっているので、3つのグループは「払った金額」以外に違いがないはずです。さて、定価で買った人と割引で買った人。手元にある回数券は同じです。観に行ったときに得られる楽しさも、かかる手間も同じはず。違うのは「いくら払ったか」だけです。

ヒューマン
ヒューマン

同じ券持ってるんやから、来る回数も同じになるんちゃうの?

エコノ
エコノ

経済学ならそう予想する。高く払った人ほど通うなら、それはサンクコストが効いてる証拠や。見てみよか。

結果:効果は半年続き、そして消えた

シーズンを前半5演目と後半5演目に分けて、1人あたりの来場回数を比べた結果がこちらです。前半の差に注目してください。

1人あたりの来場回数(10演目を前半・後半に分けたもの)

グループ前半5演目後半5演目
定価(15ドル)4.11回2.28回
2ドル引き3.32回1.84回
7ドル引き3.29回2.18回

前半では、定価で買った人が割引の2グループより多く劇場に来ていました(どちらの割引グループとの差も p<.05)。一方、後半になると3グループの差は有意ではなくなります。

著者たちは、この効果がチケット購入後の約6か月にわたって続いたことを特に強調しています。そして後半(購入から6〜9か月後)には効果が見られませんでした。

ヒューマン
ヒューマン

半年も続いたん? しかも最後は消えるんや。

エコノ
エコノ

なんで消えたのかは、論文も詰めてへん。わかってるのは「最初の半年は、払った額が足を運ばせた」ってとこまでや。

ヒューマン
ヒューマン

後半で差が消えたんは、定価組が前半でもう「元を取った」気になったからちゃうの?

エコノ
エコノ

ありえる話やな。もうひとつ、払った痛みそのものが時間で薄れた、って読み方もできる。

エコノ
エコノ

ただ、どっちも論文には書いてへん、俺らの推測や。それに地味な説明もあってな。後半は3グループとも来る回数が減ってる(平均3.57回→2.09回)。全体の回数が減ると、差そのものが出にくくなるんや。どれが正しいかは、このデータでは決められへん。

この時点で言えること:サンクコスト効果は仮定の質問だけでなく、実際にお金を払った人の行動にも表れた。ただし劇場の実験では、効果はシーズン後半には見られなくなった。


払った人だけが「続けたい」:レーダーに映らない飛行機(実験3〜5)

次のブロックでわかるのは、「すでに投資したかどうか」を変えると、続けるかどうかの判断が大きく変わること。そして、投資済みの人は成功の見込みまで甘く見積もることです。ここからは、「投資済み」と「投資前」の2つの物語を、別々の人に答えてもらう形になります。

実験3:航空機開発 90%まで来たら、やめられない

あなたは航空会社の社長です、という設定で、2つのバージョンの質問を用意しました。

2つの物語の違い(主な違いは「すでに投資したか」)

物語設定最後の研究費を投じるか
3A:投資済みレーダーに映らない飛行機の開発に1000万ドルの研究費を投じてきて、90%まで完成。そこへ他社が、もっと速くて経済的な同種の機体を発売した。残り1割の研究費を投じるかはい 41人/いいえ 7人
3B:投資前社員から「研究費の最後の100万ドルでレーダーに映らない飛行機を作ろう」と提案された。ただし他社がすでに、もっと速くて経済的な機体を発売している。100万ドルを投じるかはい 10人/いいえ 50人

「続ける」と答えた人:投資済み(3A)85% → 投資前(3B)17%

他社のほうが優れた機体をすでに出している。この状況だけを見れば、多くの人が「作らないほうがいい」と判断します(3B)。ところが、すでに大金を投じて9割まで作ったという設定が加わるだけで、8割以上の人が「最後まで作る」に変わりました。

実験4:成功確率まで水増しされる

実験3の「続ける」派は、「負けるとわかっていても、歯を食いしばって続ける」人たちなのでしょうか。それとも、「まだ勝てる」と思っているのでしょうか。これを確かめたのが実験4です。

同じ物語を読んでもらったあとで、「完成した飛行機が経済的に成功する確率は何%だと思うか」を0〜100で答えてもらいました。

飛行機が成功する確率の見積もり(平均)

物語人数成功確率の見積もり
投資済み(4A)76人41.0%
投資前(4B)82人34.0%

すでに投資している人のほうが、同じ飛行機の成功確率を高く見積もっていました(p<.05)。

ヒューマン
ヒューマン

お金入れた人ほど「いけるいける」ってなってるやん。

エコノ
エコノ

そうなんやけど、ここは慎重に読まなあかんとこや。著者たち自身が、「見積もりが甘いから投資を続けるのか」「続けると決めたから見積もりが甘くなるのか」「その両方か」はわからない、と書いてる。卵が先か鶏が先か、このデータでは決められへんのや。

実験5:「安物の飛行機だから」ではなかった

実験3には、ひとつ抜け穴がありました。3Aの飛行機は1000万ドルの製品、3Bの飛行機は100万ドルで作る製品です。3Bの人たちは「100万ドルで作る飛行機なんて安物だろう」と考えて断ったのかもしれません。

そこで実験5では、3Bの「100万ドル」を「1000万ドル」に書き換えて聞き直しました。結果は「はい」10人、「いいえ」50人。実験3の3Bとまったく同じ数字です。値段の違いでは説明できず、決め手は「すでに投資していたかどうか」だったと著者たちは結論づけています。

この時点で言えること:投資済みかどうかだけで、「続ける」の割合は17%から85%に跳ね上がった。投資済みの人は成功確率も高めに見積もるが、どちらが原因かはわからない。


なぜやめられないのか①:プロスペクト理論で説明する

ここまでで「サンクコスト効果は起きる」ことは確認できました。では、なぜ起きるのか。著者たちは2つの説明を順に検討します。1つ目は、カーネマンとトベルスキーのプロスペクト理論を使ったセイラーの説明です。

プロスペクト理論の価値関数は、損失の側では「損が大きくなるほど、追加の損の痛みは小さくなる」形をしています。100円失ったあとの次の100円より、1万円失ったあとの次の100円のほうが痛くない。すでに大きな損を抱えている人は、この「痛みが鈍った地点」にいます。だからこそ、小さな追加の損を払ってでも大きく取り返せる可能性に賭けたくなる。サンクコストを抱えた人がリスクのある投資を続けやすいのは、このためだと説明されます。

吹雪のチケットを式で書くと

式が苦手なら、この節は下の対話だけ読んでも先に進めます。

セイラーは、吹雪の例をこう書きました。試合の楽しさを v(g)、吹雪の辛さを c、損失の側の価値関数を v̂ とします。タダでチケットをもらった人にとって、楽しさと辛さがちょうど釣り合っている(v(g) = −v̂(−c))とすると、行っても行かなくても同じです。ところが12ドル払った人にとっては、

v(g) + v̂(−(c + 12)) > v̂(−12)

となり、行くほうが得に感じられます。左辺は「行った場合(試合の楽しさと、吹雪の辛さに12ドルを上乗せした損)」、右辺は「行かなかった場合(12ドルを失っただけ)」です。

ヒューマン
ヒューマン

難しい記号やめてくれ。何が言いたいねん。

エコノ
エコノ

ほな、行かない場合と行く場合に分けて考えよか。まず「行かない」を選ぶと、12ドルを丸々ドブに捨てたっていう損が、そのまま確定する。右辺の v̂(−12) がそれや。これはけっこう生々しく痛い。

エコノ
エコノ

次に「行く」を選ぶと、もう払ってある12ドルの損の上に、吹雪の辛さを上乗せすることになる。ところが人間の感覚は、損が大きくなるほど鈍っていく。「どうせ12ドル払ってるんやし、吹雪の辛さがちょっと増えるくらい大したことない」って感じられるんや。

ヒューマン
ヒューマン

損が積み上がってると、追加の痛みが軽く感じるんか。ほな、12ドルを無駄にするより、吹雪の中を行くほうがマシに思えるわけや。

エコノ
エコノ

そういうこっちゃ。タダでもらった人は、吹雪の辛さをゼロから丸ごと感じるから、楽しさと釣り合ったまま動かん。払った人だけが、吹雪の中に飛び出していく。ただ、この説明で言えるのは「払った人のほうが行きたがる」っていう向きまでや。「どれだけ行きたがるか」の大きさまでは言えへんで。

「確定した損」はとりわけ嫌われる

もうひとつ、著者たちはプロスペクト理論の確実性効果も持ち出します。人は「確実な損」を、確率的な損よりずっと重く感じます。飛行機の実験3Aで開発をやめることは、すでに投じた研究費の損を確定させることを意味します。続ければ、低い確率でも取り返せる可能性が残る。だから「確定した損」を避けて、続けるほうが魅力的に見えるのです。

ただし、著者たちはここで一歩引きます。プロスペクト理論は「確定した損はなぜそれほど嫌なのか」「サンクコストはなぜそれほど無視しにくいのか」という心理的な理由までは教えてくれない、と。そこで2つ目の説明に進みます。

なぜやめられないのか②:「無駄に見えたくない」(実験6・7)

著者たちが推す説明は、やめることは、過去の支払いが無駄だったと認めることになるから、というものです。無駄をしたと認めるのはつらい。だから、過去の支払いが正しかったかのようにふるまい続ける。そのためにいちばん手っ取り早いのが、さらに投資することだ、というわけです。

この説明を確かめるのが、次の2つの実験です。

実験6:同じ夕食、どちらを捨てる?

こんな場面です。スーパーで冷凍の夕食を特売の3ドルで買った。友人を誘ったので2つ目を買いに行くと、特売は終わっていて定価の5ドルで同じものを買った。2つともオーブンで温めたところで、友人から「体調が悪くて行けない」と電話がくる。2つは食べきれないし、冷凍し直すこともできない。どちらを食べるか。

2つの夕食は完全に同じもので、どちらを捨てても失うものは同じです。経済学どおりなら、全員が「どちらでもいい」と答えるはずです。

どちらを食べるか

答え人数
3ドルの夕食2人
5ドルの夕食21人
どちらでもいい66人

3ドルを選んだ2人は理由がわからないので除くと、残り87人のうち「どちらでもいい」は76%。つまり約4人に1人が、わざわざ5ドルのほうを食べると答えたことになります。著者たちは、5ドルのほうを捨てるほうが「より無駄をした」ように感じるからだと解釈しています。

ヒューマン
ヒューマン

これ、わかるわ……。高いほう捨てるの、なんか罪悪感あるもん。

エコノ
エコノ

中身は同じやのに、捨てたときの「無駄にした感」の大きさが違う。この論文の説明の核はそこやな。

実験7:新品を買ったばかりなら、もっといい機械も買えない

今度は印刷会社の社長になってもらいます。20万ドルの設備投資で、新しい印刷機か新しい配送トラックのどちらかを買える。1週間後、ライバル会社が倒産し、「50%速くて、動かす費用は半分」という最新の印刷機を1万ドルで譲ってくれるという。手元にはちょうど1万ドルある。買うか。

2つのバージョンの違いは、1週間前に何を買ったかだけです。

1週間前に何を買ったか

物語1週間前に買ったもの格安の印刷機を買うか
7A配送トラックはい 49人/いいえ 15人(77%)
7B新しい印刷機はい 43人/いいえ 38人(53%)

どちらの場合も、格安の印刷機を買えば印刷能力は同じだけ上がります。それでも、1週間前に印刷機を買ったばかりの人は、買う割合がはっきり下がりました(p<.01)。買わなかった人は、アンケートの最後に理由として「もういい新品の印刷機がある。すごく高かったんだ」といった言葉を書いていました。すぐに買い替えると、1週間前の買い物が無駄だったように見えてしまうのです。

この時点で言えること:まったく同じ損得でも、「過去の支払いが無駄に見える」選択は避けられた。著者たちはこれを、サンクコスト効果の心理的な理由(無駄に見えたくない)の証拠と考えている。


はっきりしなかったこと・効かなかったこと(実験8〜10)

最後のブロックは、少し地味ですが大事です。著者たちが「確かめようとして、はっきりしなかったこと」と、「効くかと思ったら効かなかったもの」が出てきます。

実験8・9:自分のお金かどうかで変わるか

「無駄に見えたくない」が理由なら、自分のお金を使ったとき、自分が決めた投資のときほど効果は強くなるはずです。そこで実験8では、飛行機の物語を「あなたは社長です」から「ある航空会社は」という第三者の話に書き換えました。「続ける」と答えた人は64%(37人/58人)で、自分が社長だった実験3の85%より有意に下がりました。ただし、第三者の話でも投資前の物語(5%)よりははるかに高く、効果そのものは強く残っています。

実験9では、スキー旅行の実験1を、2つの旅行ともラジオの懸賞でタダでもらったという設定に変えました。自分のお金を払っていないのだから、効果は弱まるはずです。ところが楽しいほうのウィスコンシンを選んだのは86人中42人で、実験1との違いは有意になりませんでした。

2つの実験で結果が食い違ったため、著者たちは「自分がかかわると効果が強まるという仮説は、あいまいな支持しか得られず、現時点ではしっかりした結論は出せない」と書いています。

ヒューマン
ヒューマン

タダでもらった旅行でも、値段の高いほう選ぶんや。

エコノ
エコノ

いや、よう見たら44人対42人でほぼ半々や。実験1との差も有意になってへん。それに著者は「質問紙で『自分のお金かどうか』を操作するのは難しい」とも書いてる。結論を保留したまま置いてるところは、ちゃんとそのまま受け取っとこか。

実験10:経済学を学んでも減らない

最後の実験は、この記事でいちばん伝えたい結果かもしれません。経済学の授業を受けた人なら、サンクコストにだまされにくいのではないか。

著者たちは、実験1のスキー旅行の質問を、経済学との距離が違う3つのグループに答えてもらいました。いちばん「ガチ」なのは、いま経済学の授業を受けている学生です。このグループには、経済学の教授が、経済学の授業中に質問紙を配りました。しかもこの学生たちは、その学期のうちに教科書と講義でサンクコストの概念を習ったばかりでした(約4分の3は、それ以前にも経済学を1科目履修していました)。残りの2つは心理学の授業を受けている学生で、経済学を1科目以上履修したことがあるかどうかで分けています。

経済学との距離別:どちらの旅行を選んだか

グループどんな学生か楽しいほう(50ドル)高いほう(100ドル)
①経済学を履修中(いちばんガチ)経済学の授業中に、経済学の教授から質問紙を受け取った。その学期にサンクコストを習ったばかり41人(67%)20人
②心理学の学生・経済学の履修あり経済学を1科目以上履修したことがある40人(68%)19人
③心理学の学生・経済学の履修なし経済学を履修したことがない39人(64%)22人

楽しいほうを選んだ割合は、①67%、②68%、③64%。3つのグループに差はありませんでした。経済学の教授が、経済学の授業中に、サンクコストを習ったばかりの学生に質問しても、ほかのグループより合理的な答えが増えることはなかったのです。著者たちは「一般的な経済学の授業では、サンクコスト効果は減らない」と結論づけています。

ヒューマン
ヒューマン

え、習ってもあかんの? 教科書に書いてあったんやろ?

エコノ
エコノ

知ってることと、その場で使えることは別ってことやな。ただ、ここも射程に気をつけなあかん。この結果が言えるのは「ふつうの経済学の授業では減らなかった」までや。どんな教え方をしても減らへん、とまでは言うてへん。

ヒューマン
ヒューマン

そうか、授業のやり方次第ではまた話が変わるかもしれんのか。

論文の最後に置かれたエジソンの話

論文は、発明王エジソンの逸話で締めくくられます。1880年代、エジソンは電球工場の稼働率が低く、儲かっていませんでした。そこで彼は、生産をフル稼働まで増やし、増えた分の電球を、総コストを下回る値段で売ることにしました。周囲は反対しましたが、生産を25%増やしても、かかるコストは2%しか増えない。製造コストの大半は、作っても作らなくてもかかる埋没費用だったからです。エジソンはヨーロッパで電球を大量に売り、わずかな追加コストをはるかに上回る収入を得ました。

著者たちの結びの一文はこうです。エジソンはサンクコストを正しく位置づけて判断できた。でも私たちの研究は、ほとんどの人にとってそれがとても難しいことを示している、と。

この時点で言えること:「自分のお金かどうか」の影響は決着がつかなかった。経済学の授業で習っても、サンクコスト効果は減らなかった。


暫定まとめ:この論文から言えること、言えないこと

10本の実験を読んできました。ここで、この論文から何が言えて、何が言えないのかを整理します。

主張の射程

レベル内容
著者が積極的に主張していることサンクコスト効果は、仮定の質問でも、実際にお金を払った場面(劇場)でも起きる。投資済みの人は成功の見込みを高く見積もる。効果の背景には「無駄に見えたくない」気持ちがある。一般的な経済学の授業では減らない
著者が否定していないこと(決着をつけていないこと)成功確率の見積もりの甘さが、投資を続けさせる原因なのか結果なのか。自分のお金・自分の決定であるほど効果が強まるのか。劇場の効果が後半に消えた理由
著者が退けていること「安い飛行機だから断った」という値段の説明(実験5)。割引で浮いたお金の影響(劇場の2ドル引きグループは週あたり約6セント分しか余裕が増えていない)。認知的不協和や自己知覚でサンクコスト効果をまるごと説明すること(補足事項を参照)

あわせて、限界も書いておきます。質問紙の実験はどれもオハイオ州とオレゴン州の大学生が対象の、仮定の質問です。唯一の現場実験である劇場の実験は、各グループ20人弱という小さな規模で、しかも有意だった前半の差は片側検定によるものです。全体の分散分析では割引の効果は有意にならず、差が出たのは事前に予定していた「定価 対 割引」の比較でした。また、2ドル引きと7ドル引きのあいだには差がなく、払った額が多いほど通うという段階的な関係までは示されていません。「無駄に見えたくない」という説明も、無駄を感じる気持ちを直接測ったわけではなく、「そう考えるとうまく説明できる」という形の証拠である点は押さえておきたいところです。

それでも、この論文には大きな価値があります。「払ったお金に引きずられる」という誰もが知っている感覚を、「投資済みか投資前か」を変えた物語の比較と、ランダムに割引を振り分けた現場実験で、はっきり取り出してみせたことです。

日常への接続:あの遊び場で起きていたこと

子どもが床に寝転がった時点で、判断に使うべき材料は「このあと遊び続けたら、どれだけ楽しいか」と「もう帰ったら何をして過ごせるか」だけでした。2000円は、帰っても残っても戻ってきません。それでも私は、子どもの手を引いて中へ戻りました。

あのとき頭の中で起きていたことは、この論文の言葉でほとんど説明できます。いま帰れば「3時間パックは損な買い物だった」ことが確定する(確実性効果)。1時間で入っていれば1000円で済んだのに、という後悔つきです。そして、3時間パックを選んだ自分の判断が、無駄な買い物だったことになってしまう(無駄に見えたくない)。劇場で定価の回数券を買った人たちが、割引の人たちより多く通ったのと同じことが、日曜の遊び場で起きていたわけです。

興味深いのは、帰りたがっていたのが子どものほうだったことです。子どもは2000円を払っていません。サンクコストがない側は、「もう飽きた」という今の気持ちだけで判断できます。反対に、行動経済学の本を何冊も読んでいるはずの私のほうが、しっかり引っかかっていた。実験10の結果を思い出すと、これは私が特別にうっかりしていたのではなく、知っているだけでは効果は減らない、ということなのかもしれません。

ヒューマン
ヒューマン

結局、知ってても引っかかるんやったら、どうしようもないやん。

エコノ
エコノ

この論文から言えるのは、「ふつうに習ったくらいでは減らなかった」ってとこまでや。どうやったら減るかは、この論文の守備範囲の外やな。ただ、あの2000円が自分の足を止めてたって気づけただけでも、見える景色はちょっと変わるやろ。

この記事のまとめ

  • サンクコスト効果とは、すでに投じたお金・労力・時間に引きずられて、取り組みを続けてしまう傾向のこと
  • Arkes & Blumer (1985) は、劇場の回数券をランダムに割り引く現場実験で、定価で買った人が割引の人より前半の演目に多く通うことを示した(効果は後半には消えた)
  • 投資済みの人は、続ける割合が大きく上がり(17%→85%)、成功の見込みも高く見積もった
  • 著者たちは「やめると過去の支払いが無駄だったと認めることになる」ことを、効果の心理的な理由と考えている
  • 経済学の授業でサンクコストを習っても、効果は減らなかった。一方、自分のお金かどうかで効果が変わるかは決着していない


補足事項

本文では流れを優先して省いた、論文の細部をまとめておきます。

苦労して手に入れたものほど高く評価する、という認知的不協和の研究は、一見サンクコスト効果に似ています。しかし著者たちは2つの違いを挙げます。不協和の研究では、苦労した課題を「好きになる」のに対し、サンクコストを抱えた投資家は、うまくいかない投資を好きになるわけではありません。また、不協和理論は「吹雪の日に試合に行った人は、行かなかった人より楽しむ」とは予測できても、「チケットを買った人のほうが行きたがる」ことまでは予測できません。行かなければ後で後悔する、という点を説明するのは「無駄に見えたくない」のほうだ、というのが著者たちの立場です。

バスを長く待ったあとでタクシーに乗り換えられない、というエントラップメントの研究も似ています。ただ、バスを待ち続けることには「待てば来る確率が上がる」という合理的な理由もあります。著者たちは、エントラップメントが当てはまるのは、飛行機の開発のように「小さな損を重ねながら最後の成功を目指す」一部のサンクコスト状況だけとしています。

小さな頼みを受けた人ほど大きな頼みも受けやすい(フット・イン・ザ・ドア)、値引きで買う気にさせてから値引きを取り消す(ローボール)という説得の技法とも比べています。しかし、これらは「頼みに応じるかどうか」を扱う研究で、サンクコスト効果では応じるかどうかは問題になりません。またローボールでは、客はまだお金を払っておらず、失うものがありません。自己知覚理論(「自分はこれを続ける人間だ」と自分を観察して判断する)でサンクコスト効果を説明できるとも考えにくい、と著者たちは述べています。

劇場の実験では、最初の60人のうち、カップルで買いに来た6人を分析から外しています。2人が別々の割引のチケットを持っていると、「一緒に行くかどうか」を2人で決めてしまい、データが独立でなくなるからです。また、割引で浮いたお金で他の娯楽に行ったのでは、という「所得効果」の可能性について、著者たちは、効果が出た2ドル引きグループの増えた余裕は週あたり約6セントにすぎないと反論しています。実験7については、7Aと7Bで買い替え後の印刷機の速さが異なるという問題を消した追加実験でも、同じ結果が再現されたと脚注に記されています。

執筆後記:3時間パックを買う前から、葛藤は始まっている

サンクコストに縛られるのは、実は入ったあとだけではありません。室内遊び場の受付で料金表を見上げた時点で、もう葛藤が始まっています。1時間で飽きるかもしれない。いや、もし「延長したい!」と言い出したら、30分ごとに700円ずつ積み上がっていく。でも、もし1時間で飽きたら、3時間パックの2000円は払いすぎになる……。これを毎回やっています。

この葛藤には2種類の損が混ざっています。ひとつは、入る前に感じている「延長料金を払わされるかもしれない」という未来の損です。私はこれを避けたくて3時間パックを選んでいます。子どもが「まだ帰らない」とその場を離れず、追加料金を払わされる可能性。これを嫌うのは、プロスペクト理論でいう損失回避そのものです。もうひとつは、入ったあとに私を引き止める「もう払った2000円」という過去の損。こちらがサンクコストです。

皮肉なのは、未来の損を避けるために払った2000円が、そのまま次のサンクコストになることです。延長料金から逃げるために買ったパックが、今度は「元を取るまで帰れない」理由に変わる。入る前は未来の損に、入ったあとは過去の損に。どちらにしても、損に振り回されています。

ぶっちゃけ、子どもの気分は秋の空みたいなもので、1時間で飽きるか3時間遊び倒すかは、親にはまず読めません。読めないものを読もうとして料金表とにらめっこするより、ひとまず3時間パックで入って、飽きたら損切りして帰る。それくらいの割り切りがちょうどいいのだと思います。2000円は、入った瞬間にもう「戻ってこないお金」なのですから。

そしてもうひとつ。むしろいちばん賢いのは、親のほうが、子どもを飽きさせないように立ち回ることなのかもしれません。冒頭で私が子どもの手を引いてボルダリングに連れていったのも、見かけは同じ動きです。違うのは、その立ち回りが「2000円を回収するため」なのか、「子どもがまだ楽しめそうだから」なのか。その区別だけは自分に問えるようになった気がします。

参考文献

Arkes, H. R., & Blumer, C. (1985). The psychology of sunk cost. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 35(1), 124–140. https://doi.org/10.1016/0749-5978(85)90049-4

Kahneman, D., & Tversky, A. (1979). Prospect theory: An analysis of decision under risk. Econometrica, 47(2), 263–291. https://doi.org/10.2307/1914185

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