確証バイアスは相手を変える?|Snyder & Swann (1978)の面接実験

確証バイアス 原典解説 第2回 Snyder & Swann (1978) 原典解説
この記事でわかること

  • 相手が「外向的かどうか」を確かめようとした人は、外向的な人に向けた質問を多く選んだこと(内向的かどうかを確かめる人は、その逆)
  • その質問で実際に面接すると、答えた側のふるまいが、何も知らない第三者の耳にも、質問者の仮説どおりの方向で聞こえたこと
  • 相手が外向的である見込みは低いと教えても、正確さに賞金を出しても、質問の選び方が変わらなかったこと
  • 論文が示したのは「その面接でのふるまい」までで、「質問が相手の性格を変えた」とは言っていないこと

この記事は、確証バイアスの原典をたどるシリーズの第2回です。第1回では Wason の2-4-6課題と4枚カード問題で、人が自分の仮説を壊しに行かないことを見ました。今回はその舞台を、数字とカードから人と人との会話に移します。


導入:初対面の相手は外向的か、質問で確かめてください

まず、質問を選んでみてください

これから、初対面の人と話します。あなたの仕事は、その人が「外向的な人かどうか」を確かめることです。

使える質問は次の9つです。このうち3つを選んでください。

  1. パーティーを盛り上げたいとき、あなたならどうしますか?
  2. 新しい人と知り合いたいとき、どんな場に出かけますか?
  3. いちばんおしゃべりになるのは、どんなときですか?
  4. もっと社交的になれたらと思うのは、どんな場面ですか?
  5. 人に心を開きにくいと感じるのは、なぜですか?
  6. にぎやかなパーティーの、どんなところが苦手ですか?
  7. どんな慈善活動に寄付したいですか?
  8. 将来のキャリアの目標は何ですか?
  9. 人に親しげにオープンに接することの、良い点と悪い点は何だと思いますか?

選んだ3つの番号を覚えておいてください。種明かしは【実験1】でします。

ヒューマン
ヒューマン

選んだで。1と2と3。外向的かどうか確かめるんやから、外向的なこと聞くのが普通やろ。

エコノ
エコノ

ほな、4から6は何のためにあると思う?

ヒューマン
ヒューマン

内向的な人向けの質問やろ。今回は関係ないやん。

エコノ
エコノ

「関係ない」と思って伏せたままにしたカード、第1回にもあったな。けど今回は、その先がある。カードは裏返しても中身は変わらへん。人は、聞かれ方で答え方が変わる。

仮説が質問を選び、質問が答えを方向づけ、その答えが仮説を裏づける。今回読む論文は、この循環を実験で捉えたものです。

確証バイアスは会話の中でも起きるのか──今回読む原典

確証バイアスとは、第1回で暫定的に置いた定義で言えば、自分がすでに持っている仮説や信念に合う情報ばかりを探し、合わない情報を探しに行かない傾向のことです。今回の論文は、この傾向が会話の中でどう働くかを調べ、さらに一歩踏み込みます。ある人についての仮説を確かめようとして質問を選ぶと、その質問が相手の答え方を方向づけ、仮説を裏づける「証拠」を相手の口から引き出してしまう。

今回読んでいく論文はこちらです。

Snyder, M., & Swann, W. B., Jr. (1978). Hypothesis-testing processes in social interaction. Journal of Personality and Social Psychology, 36(11), 1202–1212.

なお、第1回の Wason と同じく、この論文にも「確証バイアス」という言葉は出てきません。著者たちが使っているのは「確証的な仮説検証方略(confirmatory hypothesis-testing strategies)」と「行動による確証(behavioral confirmation)」です。

この論文の結論(先にいいます):相手が外向的か(あるいは内向的か)を確かめるよう頼まれた人は、仮説に合う人に向けた質問を多く選びました。その質問で面接された相手は、何も知らない第三者の耳にも、仮説どおりの方向にふるまっているように聞こえました。

論文はまず、他人についての仮説を確かめる戦略を3つに整理しています(図1)。4つの実験は、人が実際にどれを選ぶのかを調べたものです。

「この人は外向的だ」を確かめる3つの戦略:確証的戦略(例:パーティーに行ったときのことを尋ねる。4つの実験で観察されたのはこれ)、反証的戦略(例:一人で過ごしたかったときのことを尋ねる)、平等機会戦略(両方を同じだけ尋ねる)

【実験1】質問を選ぶ──「外向的か」vs「内向的か」

実験1は、図1のどれを人が実際に選ぶのかを確かめる設計です。組み立てを図2にまとめました。

実験1の設計:参加者は女子学生58名。性格のカードを受け取り、26の話題(外向的11・内向的10・中立5)から面接で聞く12問を選び、その内訳を数える。操作は仮説(外向型/内向型のカード)と確信度(高=相手の性格検査の結果だと説明/低=誰もが知っているタイプの一般論だと説明)の2つで、組み合わせて4条件

26の話題は、3種類に分けられていました。すでに外向的だとわかっている人にふつう聞くような外向的な質問(11問)、内向的だとわかっている人に聞くような内向的な質問(10問)、どちらとも関係しない中立の質問(5問)です。

ここで種明かしです。冒頭で選んでもらった9つの質問は、原典に例として載っているものを日本語に言い換えたもので、1〜3が外向的な質問、4〜6が内向的な質問、7〜9が中立の質問でした。

結果

この表で見てほしいのは、仮説の種類で質問の配分がはっきり分かれ、確信度では分かれていないことです。

条件(人数)外向的な質問内向的な質問
外向仮説・確信度高(14)6.932.43
外向仮説・確信度低(15)7.672.47
内向仮説・確信度高(14)4.645.57
内向仮説・確信度低(15)4.335.60

外向仮説を渡された人は外向的な質問を多く選び、内向仮説を渡された人は内向的な質問を多く選びました(どちらも p < .001)。中立の質問の数に差はありません。そして確信度の効果はありませんでした。「性格検査の結果です」と言われても、「ただのタイプの説明です」と言われても、選び方は同じです。

解釈

著者たちが「確証的」と呼ぶのは、この選び方です。第1回の言葉で言えば、仮説が正しければ見えるものを見に行き、間違っていれば見えるものを見に行かない。しかも、仮説が当たっていると考える理由を何も与えられていない人も、同じように確証的な質問を選んでいました。

ヒューマン
ヒューマン

けどな、外向的か確かめたいんやったら、外向的なこと聞くのは自然やろ。何があかんの?

エコノ
エコノ

ほな、あんたがめっちゃ内向的な人やとするで。「パーティー盛り上げたいとき、どうする?」って聞かれたら、なんて答える?

ヒューマン
ヒューマン

うーん……「音楽かけて、みんなでできるゲームでもやるかなあ」とか、なんか答えるやろな。

エコノ
エコノ

せやろ。聞かれたら、内向的な人でもそれなりに盛り上げ方を語る。その答えは外向的な話に聞こえる。答えの材料を、質問のほうが先に用意してるんや。

【実験2】実際に面接する──質問は相手のふるまいを変えたか

狙い確証的な質問で実際に面接すると、答える側(ターゲット)のふるまいは仮説の方向に動くか
参加者女子学生80名。初対面どうしの2人1組(40組)を、「面接者」と「ターゲット」に無作為に振り分け
手順面接者は実験1と同じ手順で12問を選び(確信度は「低」の教示)、マイクとヘッドホン越しに面接する。ターゲットには仮説を知らせず、「できるだけ率直に答えてほしい」とだけ伝える
条件面接者に渡す仮説:外向的(20組)/内向的(20組)
測定項目ターゲットの声だけを聞いた判定者12名による、10項目の6段階評定(外向的、自信がある、おしゃべり、など)

この実験の要は判定者です。判定者は実験の目的も面接者の仮説も知らず、面接者の質問も聞いていません。聞いたのは、ターゲットが最初の3問と最後の3問に答えた声だけでした。

結果

まず、面接者の質問選びは実験1と同じ形になりました。外向仮説の面接者が選んだ外向的な質問は平均7.25問、内向仮説の面接者では4.80問です。

次の表で見てほしいのは、10項目のどこで差が出たかです。論文は評定の平均値を載せておらず、差の検定結果だけを報告しているので、表も「差が出たか」で示します。

評定項目外向仮説で面接されたターゲットのほうが…
落ち着いている・自信がある・エネルギッシュ・外向的そう聞こえた(p = .001〜.036)
物怖じしない・熱意があるそう聞こえる傾向(p = .067、.085)
社交的・温かい・友好的・おしゃべり同じ方向だが、差ははっきりしない(p ≥ .13)
10項目の合計より外向的に聞こえた(p = .04)

ターゲットは相手が何を確かめようとしているかを知りませんし、どちらの条件に入るかは無作為に決まっています。それでも、外向的な質問を多く受けた人の答えは外向的に、内向的な質問を多く受けた人の答えは内向的に聞こえました。無作為に振り分けている以上、この差は面接者に渡された仮説から生じたと考えられます。著者たちは、その経路を仮説に沿って選ばれた質問だと見ています。

解釈

ここまでの流れを1枚にまとめると、次のようになります(図3)。

行動による確証の流れ(実験2):1 面接者が仮説を持つ → 2 質問が偏る(外向的な質問 外向仮説7.25問/内向仮説4.80問)→ 3 ターゲットの答えが質問の枠に収まる → 4 声だけを聞いた判定者に仮説どおりに聞こえる(p=.04)→ 5 面接者が仮説を確かめられたと感じる(この論文では未測定)
ヒューマン
ヒューマン

いや、それズルない? 「パーティー盛り上げたいとき、どうする?」って聞かれたら、誰でも盛り上がる話するやん。

エコノ
エコノ

ええとこ突くな。判定者は質問そのものは聞いてへん。けど、答えの中身には質問の形が残ってる。答えの中身だけが引っぱられたんか、声の調子や話しぶりまで変わったんかは、このデータでは分けられへん。

ヒューマン
ヒューマン

ほな、「相手の性格が変わった」とは言えへんのやな。

エコノ
エコノ

言えへんし、著者らも言うてへん。評定は、その面接の中でのふるまいについてや。

ここは、この論文の紹介でいちばん誇張されやすいところです。「質問が相手の性格を変えた」という言い方は、原典の射程を超えています。それでも、結果の重さは変わりません。面接者は仮説を確かめるつもりで答えを集め、その答えは仮説の方向に寄っていました。面接者が手にした「証拠」の少なくとも一部は、面接者自身の質問が引き出したものでした。

追加検証(実験3・4):見込みが低くても、賞金を出しても、質問は変わらなかった

実験1では、仮説の確信度は質問の選び方を変えませんでした。著者たちはさらに2つの追加検証で、この選び方がどこまで崩れないかを確かめています(どちらも面接はせず、質問を選ぶところまで)。

実験3では、相手が所属するクラブには外向的な人が「30人中7人」しかいない、と教えました。つまり相手が外向的である見込みを低く見積もらせたのです。それでも、外向的な人に向けた質問を多く選ぶ傾向は変わりませんでした。実験4では、「相手のことがいちばんよくわかる質問を選んだ人に25ドルを出す」と約束しましたが、やはり選び方は変わりませんでした。

見込みが低いと教えられていることと、それを確かめ方に使うこととは、別々に動いていました。第1回の4枚カード問題で、反証になるカードがどれかを答えられる人が、それを選ばなかったのと同じ形です。

ヒューマン
ヒューマン

7人しかおらんってわかってて、25ドルもかかってて、それでも外向的な質問するんか。

エコノ
エコノ

サボってるわけやないで。「外向的か確かめるには、外向的な話を聞くのがいちばんわかる」と思ってたら、お金を積まれても同じ確かめ方を熱心にやるだけや。なんでそう思うんかは、次の著者らの説明で見よか。

なぜ確証的な質問を選ぶのか──著者たちの「思弁的な」説明

著者たちの説明を一言でまとめると、仮説どおりのふるまいのほうが思い浮かべやすく、それこそが相手らしさを表しているように見えるので、その話題を尋ねる質問がいちばん情報の取れる質問に見える、というものです。ただしこれは4つの実験で検証されたものではなく、著者たち自身が思弁的な分析だと断っています(p.1211)。説明は3つの段でできています。

先に、全体のつながりを図で示します(図4)。

確証的な質問を選ぶ理由についての著者の説明(思弁的):①正事例の優位性と②利用可能性ヒューリスティックから、仮説どおりの話題がいちばん情報が取れそうに見え、確証的な質問を選ぶ(実験1〜4で観察)。③行動の状況変動性により相手は確証例を差し出せるため、集まる証拠が確証例に偏り、信念の自己永続化とステレオタイプの維持に行き着く

① 仮説どおりの姿のほうが、思い浮かべやすい。著者たちは、人が一般に「当てはまる例」を好むことを示す研究を幅広く引いています。わかりやすいのは論理的推論の例です。「ノルウェー人の男性はみなハンサムだ」を確かめるとき、人はハンサムなノルウェー人男性を探し、ハンサムでない男性がノルウェー人かどうかはほとんど確かめない(著者たちが引く Wason & Johnson-Laird, 1972 の例)。第1回の記号で言えば、p と q を見に行き、not-q を見に行かない形です。

② 思い浮かべやすいことは、起きやすく、本質的に見える。ここで引かれるのが、Tversky & Kahneman (1973) の利用可能性ヒューリスティックです。仮説を頭に置いて面接を思い描くと、仮説どおりの場面のほうが浮かびやすい。すると、そういうふるまいがたくさん起きるだろう、それこそが相手の本当の姿だろう、と見積もってしまう。だから、その話題に会話を絞ることが不合理には見えません。

③ 相手は、確証例を「気前よく」差し出してくれる。著者たちは Mischel (1968) を引いて、人の行動は状況によって大きく変わると指摘します(このブログのマシュマロテストのシリーズで扱った Walter Mischel です)。たいていの人は、仮説どおりにふるまった場面も、仮説に反するふるまいをした場面も持っています。だから仮説どおりの場面を聞かれれば何かしら答えられ、集まる証拠は確証例に偏ります。

ヒューマン
ヒューマン

③がいちばん怖いな。誰でも両方の顔を持ってるんやったら、どっち聞いても「当たり」が出るやん。

エコノ
エコノ

たとえるなら、誰の人生にも「パーティーを盛り上げた夜」の引き出しと、「家で本を読んでた夜」の引き出しがある。質問は、どっちを開けてもらうかを決めてるだけや。中身は本物やから、嘘は一つも混じってへん。

ヒューマン
ヒューマン

嘘はないのに、集めたら偏ってる、と。

エコノ
エコノ

そういうこっちゃ。ただ、この喩えが説明するのは〈証拠が偏って集まる仕組み〉まで。効果がどれくらい大きいかは説明せえへんし、③自体、著者らが実験で確かめたもんやない。

著者たちはこの先に、信念の自己永続化を見ています。確証的な確かめ方を続ける人は、仮説が自分で自分を確証する世界を作ってしまうかもしれない。明らかに誤ったステレオタイプがなかなか変わらない理由も、ここから理解しやすくなります。

日常への接続:あなたが選んだ3つの質問

記事の冒頭で、あなたは9つの質問から3つを選びました。それをもう一度見てください。

おそらく1〜3のどれかが入っていたはずです。外向的かどうかを確かめるのだから、外向的な人ならうまく答えられる質問を選ぶ。実験1の参加者と同じ選び方です。そして実験2が示したのは、その質問で実際に話を聞くと、答えが仮説の方向に寄って聞こえるということでした。もし本当に面接していたら、あなたは「当たり」の答えを受け取り、仮説は確かめられたと感じたでしょう。

同じ構造は、面接の外でも回るかもしれません。例えばですが、「うちの子は人見知りで」と思っている親が、人の集まりで「恥ずかしい?」と聞けば、子どもはうなずき、親は「やっぱり」と思う。好ましい方向の仮説でも同じで、「この子はしっかりしてる」と聞かされた人が「一人でできるようになったこと、ある?」と尋ねれば、子どもはできるようになったことを話すでしょう。どちらも、聞かれた引き出しの中身は本物で、嘘は混じっていません。仮説が選んだ質問が引き出した答えが、証拠の顔をして仮説のところに戻ってくる。著者たちが「信念の自己永続化」と呼んだのは、この一周のことです。

この記事のまとめ

言えること

  • 仮説を渡された人は、仮説に合う人に向けた質問を多く選ぶ
  • その質問で面接されたターゲットのふるまいは、仮説も質問も知らない第三者の耳に、仮説の方向で聞こえた
  • この選び方は、仮説の確信度・「30人中7人」という基準率・25ドルの報酬のいずれでも崩れなかった

限界(いちばん誤解されやすい点)

  • 示されたのは、12問の面接での答えが、第三者の耳にどう聞こえたかまで。「質問が相手の性格を変えた」という言い方は、原典の射程を超える
  • それでも、面接者が手にした「証拠」の少なくとも一部は、面接者自身の質問が引き出したものだった

執筆後記──「例外探し」が好きな人は、なぜ空気が読めないのか

世の中に、例外探しが大好きな人っていませんか。

仲間内で「あいつノリいいよね」「この前の飲み会でも盛り上げ役やったし」とワイワイ話しているところに、「いや、あいつこの前の連休、ずっと一人でソシャゲポチポチしとったらしいで?」とぼそっと言う人です。言っていることは事実ですし、論理的には「ノリがいい」という仮説へのれっきとした反例です。それでも場の空気は一瞬止まり、その人はたいてい「空気が読めない」側に回ります。

この論文を読みながら、ずっとそんな考えが頭にありました。実験の参加者たちは、外向的かどうかを確かめろと言われて、外向的な人に向けた質問を選びました。論理だけで採点すればバツなのかもしれません。けれど、外向的な性格の人に「パーティーのどんなところが好きですか?」と聞くのは、会話として自然でしょう。

身もふたもない言い方をすると、相手の印象を肯定するような質問や態度を取ることは、人間社会で生きていくうえで必要なスキルでもあると私は思っています。第1回で見たとおり、論理的には仮説に反する例(not-q)を探しに行くのが正しい確かめ方です。けれど、それを絶対の原則にして人づきあいをしたら、うまくいかないことのほうが多いでしょう。

仲間内の雑談で、わざわざ反例を持ち出す必要はないと思います。ただ、採用面接の席や、子どもを「人見知り」と決めつけそうになったときには、あの空気の読めない一言を、自分の中でだけ言ってみる価値があるのかもしれません。確証的な質問は「偏り」なのか、それとも必要な技術なのか。この問いは、第4回で1987年の論文を読むときにもう一度考えてみようと思います。

補足事項

ここは設計から読み取れる限界で、私の読みです。26の話題は「外向的だとわかっている人にふつう聞く質問か」「内向的だとわかっている人にふつう聞く質問か」で分類されていました。「外向的な人と内向的な人とで、答えがどれだけはっきり分かれるか」で分類されたわけではありません。

そのため、参加者が外向的な質問を選んだのが「確証例を探したから」なのか、「外向的かどうかを見分けるには、それがいちばん役に立つと考えたから」なのかは、このデータだけでは区別できません。後者の見方は、著者たち自身の説明の②とも重なります。この論点は、第4回で扱う1987年の再検討につながります。

著者たちによれば便宜上の理由で、当時は女子学生のほうが参加者を集めやすかったためです。著者たちは、結果が男性に当てはまらないと考える理由は知らないとし、男性の参加者でも確証的な証拠探しが確かめられた別の研究(Swann, 1978)を挙げています。ただし、この論文自体が男性で確かめたわけではありません。

参考文献

  • Snyder, M., & Swann, W. B., Jr. (1978). Hypothesis-testing processes in social interaction. Journal of Personality and Social Psychology, 36(11), 1202–1212.
  • Tversky, A., & Kahneman, D. (1973). Availability: A heuristic for judging frequency and probability. Cognitive Psychology, 5(2), 207–232.

確証バイアスの原典シリーズ一覧

この記事はシリーズ「確証バイアスの原典をたどる(全5回)」の2本目です。

原典で殴るシリーズ(薄味まとめに飽きた人向け)

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